ゲン千

恋が叶った日

2074文字。
5740年は停戦直後がお誕生日のイメージです。
「恋に落ちた日」と対とか続きかと言われると違う気がする。生誕記念単発です。



 大樹みたいに無条件で何もかもゆだねられるわけでも、龍水みたいにツーカーで解りあえるわけでも、司みたいに運命感じるわけでもない。
 解らないことはしょっちゅうで、こちらの言うこともなかなか解ってくれなくて、いつでも何でも説明に時間がかかって仕方がない。
 情緒をやけに大事にして、非合理的な文句も多ければダメ出しも多くて、そういう意味では面倒なことこの上ない。
 それでも、そばにいると楽だから。心地いいから。安らぐから。
 いないと気になるから。落ち着かないから。つい目で探してしまうから。

 ――ぽっかり胸に穴が開いたみたいになるから。

「だから多分、これが、恋なんじゃないのか」

 耳をいじりながら風情なくそう伝え、「と思うんだが、テメーはどう思う」と付け加えると、細い目がまんまるになり、うすい口唇がぽかんと開いた。
 ふだんそんなやりとりには余裕の笑みを見せる男が、面白いほど間抜けな面になった。
 そのさまが面白い、だけでなく、唆るぜ、と思ってしまうのだから、自分もかなり終わっていると自覚はしている。

「え、なに、今日、あ、エイプリルフール……?」

 メンタリストの仮面が完全に剥がれた顔が、ぐるりとあたりを見回し、ラボの壁にかかったカレンダーを見て静止する。
 ゲンはそのまま、地を這うような声を出した。

「千空ちゃーん、」

 うす笑いを浮かべた表情には凄みがある。
 この男が完全なるカタギではないと実感するのはこんな時だ。

「朝から呼び出しといて、その嘘はちょーっとたち悪くない……?」

 ――なるほど、そうきたか。

 千空は唸った。
 今日という日のもう一つの意味だけに気をとられ、そういう誤解があることを失念していた。
 思えば石世界で起きたばかりの一昨年も、司から逃げていた去年も、そんな習慣を気にする余裕はなかった。エイプリルフールという言葉ごと忘れていたと言ってもいい。
 それなのに目の前の男は千空の発言をすなおに受け止めず、今日がそんな日であることを無理やり思い出してきた。おそろしくプライドの高い男のことである。悪い予想をすることが癖になっているのかもしれない。
 下手に答えてこじらせるのは面倒だった。情緒があろうがなかろうが、回答は解りやすく簡潔であればあるほどいい。千空の日頃からのモットーである。

「エイプリルフールに嘘つかねえといけねえわけでもねえだろ。そうじゃなくて、プレゼントのつもりだわ」
「え」

 目の前の白い顔が能面のようになる。

「な、なんで、知ってんの」

 ぺらぺらとなめらかに動くはずの舌がもつれている。声にもいまいち抑揚がない。
 千空はゲンのいちいち大袈裟なリアクションが割とすきだから、少し残念に思う。もっと派手に驚いてほしかった。
 だがもしかしたら、驚きすぎているだけなのかもしれない、とも思う。

 『男が自分の誕生日なんつうもん、いちいち話すわけもねえ』

 そう言ったことがあるが、それは勿論、ゲンだってそうだ。
 むしろかれは、今年の一月四日から、誕生日を千空に対して隠そうとしていたフシさえある。

「仮にも科学王国の長だぞ、何だって知ってるわ」

 動揺しているのに気をよくして自慢げに言うが、突き止めるためには、それなりに手間を要した。
 石像修復のかたわら、今後もできるだけ皆に服を作ってやりたいと杠が言うので、ならそれぞれの誕生日に追加していくのはどうだと提案したのは千空である。
 戸籍のようなものを作りたいと思っていることもあって、彼女に皆の氏名と生年月日を聞き取らせ、リスト化した。その際、ゲンの誕生日も判明したのだ。それからまだ日はそれほど経っていない。
 今年のはじめ、自分の誕生日に天文台をもらった時から、どうにかその心意気に、想いに応えたいと思っていた。
 それがどういうことなのか考えに考え抜いたあげく、用意したプレゼントは、正直それほど手間がかかっているわけはないけど。
 前代未聞、驚天動地、一生一代の大博打でもある。
 一応こけた時のためにも、杠に作ってもらったネクタイの用意はあるけれど。その出番はなくてもいいはずだ。

「――足りねえか?」

 そんなわけがないことは解っていた。
 もうずっと前から、足りないはずはないと解っていたのだ。

「やめてくれる? こんな場面でそんな言葉使いまわすの」

 プライドの高い男はそう言ってへらりと笑うと、それから、俺は無条件で何もかもゆだねられるとか、ツーカーで解りあえると思っているとか、洞窟横の文字を見た時から運命感じてたとか、最初に切り出した言葉に対抗するようにくどくどと並べ立ててきた。
 もしかしたら口説いているのかもしれないが、論点はそこではない。
 そこではないのだが、まあいいかと千空は思った。そんなところも、割とすきだったからだ。

                                         了

2022年4月1日 twitterへ投稿

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