司千

木漏れ日の下で

4007文字。
司千拍手お礼第一弾。
16巻司復活翌日。
レストランフランソワで食事する二人。押せ押せ千空ちゃんです。



「千空ちゃん、ゴイスーご機嫌、つかご満悦ねえー」

 司復活の翌日。朝から作業の合間にこまめに司を探し、広場やら船着き場やらペルセウスやらを案内していると、荷物を運んでいるメンタリストに声をかけられた。

「何ニヤニヤ笑ってやがる、気持ち悪ィ」
「ニヤニヤしてるのはそっちでしょ。千空ちゃん、めっちゃ解りやすっ!」
「何が」

 そんな顔をしていた自覚がなくて首を傾げると、ゲンはとたんに下衆な顔になった。

「またまたあ。いい女を車に乗せて見せびらかすオヤジの心理? それともレアカードゲットして自慢してまわる小学生の心理?」
「あ゙ぁ? ペルセウスのことか?」
「違うよ! ああ、猛獣を手なずけた猛獣使いのが近いのかな~~?」

 俺の方に近寄ってきたかと思うと、片手を口に当てて囁いてくる。司をはばかっていることを考えると、恐らくはかれのことなのだろう。
 だとしたら、「レアカード」と「小学生」、「猛獣」と「猛獣使い」はともかく、「いい女」と「オヤジ」の譬えはどうなのだろう。違和感を覚えるが、今日は天気も気分もいいのであまり気にしないことにする。

「そりゃ苦労して苦労して頑張って復活させたんだ、しばらく笑いが止まんねえわ。テンション爆上げで作業も超進むわ」

 声を潜めることもせず堂々とそう返すと、「めっちゃ素直だし! 照れもしないし!」とのけぞったポーズでゲンが大袈裟に叫んだ。
 そうして、背後で戸惑っている様子の司にニヤニヤ笑いかけながら、

「司ちゃんは千空ちゃんの苦労に見合うだけの男ってことね。正直羨ましいねー」

 と適当なことを言って出て行った。後には若干混乱した司と、かれに問いかけるような視線を送られている俺だけが取り残される。

「気にすんな。よし、飯食いに行くぞ司ァ」

 ゲンのことはまったくなかったことにして船を出て、ランチタイム終了間際のレストランフランソワへと向かう。
 ほとんどの人間は規則正しく昼食をとっているから作業に戻った後のようで、オープンテラスの店はがらんと空いていた。それでも多少の人間は残っていて、遠くから俺たちに物珍しげな視線を寄越している。
 先ほどの「見せびらかす」「自慢してまわる」というゲンの言葉を思い出す。そんなつもりはなかったが、もしかしたら深層心理下ではそういう気持ちが働いているのかもしれない。
 何にしろ旧帝国の長と石神村の長が連れ立って歩いているすがたを皆に見せるのは悪くないことだと考える。
 普段から定位置にしている大きな樹の下のテーブルに陣取ると、バイキング形式のメニューを確認する。本日のランチはパンとチーズとサラダ、それに具沢山のシチューだった。
 シチューが残り少なくて、司にはとても足りなさそうだと判断した俺は、フランソワに頼んで肉を焼いてもらう。ほどなくして、香ばしい匂いのそそる鹿肉や鴨肉、猪肉の盛り合わせが俺たちのテーブルに運ばれてきた。
 ほら食え、と皿ごと司の方に押しやると、君はいいのかいと言外に目で尋ねてくる。

「俺はこんなに食えねえよ。通常メニューで充分だわ」

 自分はいいからおまえが食えなんて、まるで戦時中の母親みたいだなと思いながら、向かいに座った美麗な男を見やる。
 自分が惹かれ、求め、どうしてもその命をあきらめられず、苦労して苦労してよみがえらせた人間だった。多少はそんな気分になったとしてもおかしくはない。
 それにこれから、司にはガリガリ働いてもらわなくてはならないし。そう己に言い聞かせる。

「ほんとはこれ、メニュー外なんだろう。特別にこんなことしてもらっていいのかな」
「テメーがあれじゃ足りねえことはツリーハウスん時から知ってる。フランソワに今後のことも頼んで快諾もらってるから気にせず食え」
「そうか……すまない、ありがとう」
「その分働いてくれりゃ誰も文句言わねーよ。大体この肉だってテメーが昨日獲ってきたもんだろ。むしろ、足りねえと思ったらどんどん獲ってくりゃいい」

 そう言いながら、鴨肉の入ったシチューを口に運ぶ。これだけでも充分ボリュームがあると思うのに、目の前でガツガツ食べる男には前菜程度にしかならないのだろう。そう思うとおかしくて、口の端が自然に上がる。
 胸のすくような司の食べっぷりは悪くないものだった。大樹も昔からよく食べるが、食べ方が汚いからあまり見れたものではない。司は肉片ひとつ残さず綺麗に、優雅に食事をする。それもツリーハウスの頃から知っていることだ。
 さっさと自分の食事を終え、ハーブティーを飲みながら頬杖をつき、司の健啖家っぷりを堪能する。午後の穏やかな日差しが心地いい。久々の充実感に浸っていると、もの言いたげな視線を感じた。

「何か居心地悪そうだな」
「そりゃ、君がじっと見てくるから」
「テメー冷凍睡眠前はあんま食べられなかったじゃねえか。それがお元気いっぱい美味そうにもの食ってんだから、見たってしょうがねえだろ」

 口を尖らせて言うと、美しい眉が寄り、戸惑ったように目を逸らされる。
 やがて食事を終えた司は、ナフキン代わりの紙で口を拭いながら、俺のことをまっすぐに見つめてきた。

「千空、君が何故そんなに俺によくしてくれるのか、俺にはよく解らないんだ」
「あ゙ぁ?」
「だから……うん、少し戸惑ってる。君は俺がここにいて当然みたいな顔をして色々案内して、俺の食事のことまで気遣ってくれるけれど、そもそも俺はここにいていいのか――」
「おいおいおい、戦化粧しといてそりゃねーだろ。昨日納得してたじゃねえかテメー」

 またしち面倒くさいことをいってきた相手に、俺も思わず眉根を寄せる。

「そうなんだけど。こんなに君によくしてもらってると、今までのことが思い出されて、何だかいたたまれなくて」

 うつむいた司に、自分の態度が相手の罪悪感を刺激していたのだと理解する。耳の穴に手を突っ込むと、正解に近い心情を吐露することに決めた。

「あ゙ー、それは気にすんな。フランクリン効果っつーのか、人間苦労して手に入れたものほど可愛く思えんだよ。くわしくはゲン先生に聞いてくれ」
「可愛く……」

 長い睫毛があわただしく上下する。美少女のような顔だ。可愛いという表現が、これほどあてはまる男もいないだろう。

「まあそれ以前に、俺はテメーのことは嫌いじゃねえ。ヒョロガリからすりゃ司、テメーの強さそのものが俺には唆るんだよ。ライオンあっさり倒した時から、こいつは味方にゲットしたいと思ってた」
「そうなのかい? 警戒してたようにしか見えなかったけど」
「そりゃあの時はまだ信用できなかったからな。でもそれが信頼できるようになったなら超唆んだろうが。科学王国どうこうより、役に立つ立たねえより、俺が個人的に唆られるわ」
「唆るって……よく解らないな。俺の力に期待してるってことかい?」
「あ゙ー、俺もよく解んねえけど、ワクワク? ドキドキ? テメー見てると方々に自慢したくなるっていうか」
「レアなカードをゲットした小学生みたいな?」
「そうそう! って、ゲンあいつ……」

 思わず賛同してしまってから、余計なことを言ったメンタリストに対して毒づく。司は完全に虚無顔になっていた。

「――要するに、俺は人間扱いされてないってことだね」
「違えだろ!」

 ここは誤解されてはかなわない、と、強めに否定する。

「あいつの言い方ならもう一個の方が合ってるわ。いい女ゲットして自慢しまくってるオヤジみてえなもんだ。こんなん、一種の恋愛感情とも言えんだろ。愛だ恋だの解らねえ俺が、テメーにはそれに近い執着持ってんだよ、解れよ」
「れ――恋愛感情?」

 さすがの司も驚いたのか、鸚鵡返しにしてくる。

「オヤジも女をモノ扱いしてんのかもしれねえけど、それだけってこたねえだろ。惚れてるから頑張ってゲットして、その後も大事にして周囲に自慢すんだろ。よく知らねえけど、多分そのはずだ」
「千空、君が恋愛を語るとはね――」

 手で口を覆いながら、呆れたように司が言う。表情の硬さがとれているのを見て少し安心する。何だかめちゃくちゃだが、誤解されるよりはいい。

「あ゙ぁ、気まずいかもしれねえが、テメーは科学王国に所属することで、自動的に妹の安全と安泰と俺の愛を保証されんだよ。――最後のは貴重だぜ?」
「それがレアカードに対する愛であったとしても、まあ貴重なことには変わりないね」
「テメー、根に持つな」

 苦笑すると、司もわずかに笑みを返してきた。
 司にしてみれば、オヤジと女よりは、小学生とレアカードの方が気楽なのかもしれない。

「まあ俺の愛なんつーものがテメーにとって唆らねえもんなら、押し売りしたって意味ねえが」
「いや――唆るよ。うん、手に入れたくなった」

 やけにはっきりした口調で、司が言った。まじめな顔が木漏れ日の中、こちらに向けられている。
 獲物を狙う獣の目だ、と思った。

「君の愛を――君を、手に入れたい」
「おー、俺もテメーを手に入れたいからおあいこだな。取引成立だ」

 にっと笑って見せると、司は虚をつかれた顔をした。

「……何か、通じていない気もするけど」
「あ゙? 何が?」
「――何でもない」

 いいよどむ男にくすりと笑う。
 先ほどのような顔も悪くはないが、どちらかといえば見慣れた顔だ。
 今はもっと、この男の困る顔や戸惑う顔、驚いた顔を見ていたかった。
 小学生だと言われようが、オヤジだと言われようが、どんな関係であっても主導権はこちらにあるのがいつだって俺の好みだ。

「お楽しみはこれからだな、司ァ」

 頬杖をついた手の上で笑いながら、霊長類最強の男を見る。相手のその戸惑う美少女顔が、途方もなくいとしく思えた。

                                               了

20211107拍手お礼

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