夜明け前
2327文字。
ゲン千拍手お礼第一弾。
6巻水車完成前。
クロムのいない科学倉庫で寝てる二人。
どうやら座ったまま寝落ちていたらしい。
周囲を見渡しそう確信すると、千空はころりと床に転がった。朝方冷えるかもしれないが、今さら寝床を用意する気にはなれない。いざとなれば、目の前の人間の上着の中に入り込むという手もある。
まともな状態なら思いもよらないことを考えつくから、睡眠の足りない脳は恐ろしい。他人事のようにそう思いながら、すぐ前でずいぶん行儀よく転がっている男を見つめた。ゲンもまた、話しているうちに眠ってしまったらしい。
日頃余裕ぶって年上であることをアピールしたがるかれだが、その寝顔は存外あどけない。そして、まだこの石世界での暮らしに慣れていない現代人の顔をしていた。
銀狼でももう少し緊張感の残る眠り方をするだろう、と評した後、そういえば自分もこの世界では眠りが浅くなったと考える。爆睡できたのは、大樹といた半年足らずのみだったようにも思う。
――ああ、あんな感覚なのか。
そう思うと、ふつふつと込み上げるものがあった。
現代人で形成されたコミュニティを裏切り、たった一人自分についたこの男が、全面的な信頼を寄せてそばで爆睡しているのだと思うと、胸がうずくものがある。
ペットを飼うとこんな気持ちだろうか、と考えて、それは流石にゲンに悪いような気もした。
だが命を預かっている感覚、俺のもとに来たかぎりは悪いようにしない、と誓う感覚はきっと同じだ。
思わず微笑が込み上げ、千空は手を伸ばしてまるい頭を撫でる。
プライドの高い男はそうされるのを無意識でも嫌がるかと思ったが、意外にも擦り寄ってきたので驚いた。
身じろぎすると、「千空ちゃん?」という、おぼつかない声が相手の口唇から漏れる。
「あ゙ぁ?」
起きてやがったのか、とうなるような声を出すと、ゲンがびっくりしたように目を見開いた。
「うわ、ほんとに千空ちゃんだ」
先ほどよりはましだが、明らかに寝起きの声だ。
「夢の中で千空ちゃんが俺のこと触ってるな~~って思ったんだけど、ほんとに触ってた?」
「人を変質者みたいに言うな。頭撫でただけだ」
「そう、頭ね。ゴイスー気持ちよかった」
不思議な表情をしてゲンが笑う。何故撫でたのかは聞いてこない。
なんとなくばつが悪くなって、千空は口唇を尖らせた。
「何で俺ってわかんだよ」
「だってクロムちゃん、まだカセキちゃんと何か作ってるでしょ。戻ってきたらさすがに解るもん。それに、」
有能なメンタリストは、何故かそこで一拍間を置いた。
「――千空ちゃんの手は、解るようになっちゃった。怪我した時、治療して看病してくれたからかな。バイヤーなほど安心感ある」
照れたように笑われて、タッチングの効果か、と当時のことを振り返る。それでこの男の信頼を得られたのなら、まあ悪くはない。
一人で納得していると、ふだんはことあるごとに年上ぶりたがる男が、驚くようなことを言った。
「たまにそうやって撫でてくれると嬉しいなァ」
「あ゙ー? 甘えんなよ高校生に」
「千空ちゃん、割と人を甘やかしたいくせに~~」
「何だそれ」
「気のないそぶりの一方で、丁寧に用意してくれたコーラ見た時ね、ジーマーでメロメロになっちゃった。千空ちゃん、ゴイスー男前ね」
ぺらぺらと軽薄な言葉を吐きながら、その目つきは試すようなものだった。距離感を測っているのかもしれない。
「テメーも安い男だな。メンタリストがそんなんでいいのかよ」
「だってさ、こんな世界じゃそりゃチョロくもなるよ。石化前に呑んだどんな美味しいお酒よりコーラだよ。ザギンのマイウーなシースーよりそりゃラーメンよ」
自棄になったように倒語を連発するゲンに苦笑する。完全に言葉遊びだ。
でも確かに手ごたえがあって、それは悪くないものだと思う。
この石神村の生活の中、唯一得られた同時代人なのだ。せいぜい大事にしなくては。
「テメー何か他にいるものないのか。コーラとかじゃなくて」
何の気なしに聞く。大樹にも司にも杠にも、復活した現代人には皆聞いてきたことだ。
大樹はスマホだの実現不可能なことを言い、司は特にないと言い、杠は女子に必要だという生活用品の作り方や代わりになるものをあれこれと聞いてきた。
この男は、何と言うだろう。
ちなみに、何かしてやりたいと思って言っているので、「ない」という答えはあまり有難くない。
必要は発明の母というように、人が欲しいものというのは、科学文明発展のためには大きなヒントになり得るのだ。
「コーラの他にも何か作ってくれちゃうの? ゴイスー気前いいね千空ちゃん、やっぱ男前」
うたうように、ささやくようにゲンが言う。嬉しそうなのに、その顔はどこか上の空のように見えた。
「でも解んだろ千空ちゃん。俺の欲しいものは、科学では作れないって」
「あ゙? 科学で作れねえもんなんざないぞ」
「あるんだよねえ、これが」
苦笑するように言って、ごろりと寝返りを打ったメンタリストの背中を見る。どうやら言うつもりはないらしい。
ということはどうも面倒くさい話な気がして、千空も突っ込むのをやめて仰向けになった。
やがて襲い来る睡魔に身をゆだねる寸前、空気の揺れた気配がして意識を浮上させる。
かすかな花の香り。何かがからだの上に舞い降りる感触。
人肌のぬくもりの残る羽織がかけられたのだと気づくと同時にどっと力が抜けて、千空は急速に甘い闇の中に落ちていった。
了
20211107拍手お礼