DEAR FRIENDS
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DEAR FRIENDS

7152文字。
我らが主人公の生誕記念に書きました。
出逢えた奇跡に感謝しつつ、いつまでも元気なすがたを見せてほしいという祈りを込めて。
21巻アマゾン密林の中、マナウス到着直前、誕生日の朝の千空と大樹(と少しだけ司)。
誰とも恋愛要素はゼロです。とりあえず、幼馴染が互いを想いやる尊さを書きたかった。
お誕生日おめでとう千空ちゃん! そして、本当に生まれてきてくれてありがとう!!



  真冬の寒さが恋しい。
 ここはアマゾンの熱帯雨林。むっとするような暑さと湿気の中、千空が目覚めて一番に思ったのがそれだった。
 身を切るようなつめたい風。それを吸い込んだ時の肺の感覚。真昼の光の白さや、しんとした夜の静けさ。すべて嫌いではなかった。寒ければ寒いほど、防寒着や暖房器具、人のあたたかさが染み入る感覚も。
 毎年、自分の誕生日はそれらと共にあった。だが、ここにはどれもがない。脳が混乱しているのか、二十歳になったという実感はまるでない。
 ふだんは脳の隅で数えている時間を、あえて意識する。
 五七四二年一月四日、午前四時二分八秒。
 石神千空が三七三八年前に生まれた日だった。
 生まれてから今日までのことをざっと振り返る。石化していた時間が長かったとはいえ、あっという間だったと言わざるをえない。もうずいぶん昔から大人だったようにも、大人になることを忘れてしまっているようにも思う。
 ふだん自分の年を意識することはない。この日はそれだけでも特別なのだと思う。
 誕生日。
 このストーンワールドでは、日本の冬の寒さは旧世界よりもはるかに厳しい。それでも、クリスマスから誕生日にかけての記憶は、有難いことにあたたかいものしかない。これまでとても恵まれていた、と千空は思う。
 男は自分の誕生日などいちいち話さない。だから身寄りのないこの世界では、大抵誰にも気づかれない。ふだん日時を確認しない人間なら、自分でも気づかないままその日を終える可能性だってある。それなのに。
 最初の年は大樹が一緒だった。ツリーハウスではロビンソン・クルーソーよろしく毎日壁にカレンダーを刻んでいたから、早くからかれにカウントダウンされていた。当日、親友は凍てついた湖で悪戦苦闘しつつ、ワカサギを何匹も釣ってきてくれた。
 その翌年が例の天文台だ。ここでゲンに誕生日がばれたことから、翌々年――つまり昨年――は皆に盛大に祝われることとなった。龍水が金を出して音頭を取ったらしく、盛大な飾りつけがなされ、フランソワが豪勢な料理をふるまい、皆からのプレゼントで部屋が埋め尽くされた。皆が自分におめでとうと言うために列をなし、日頃の感謝を述べたり、生まれてきてありがとうと言ったりしてくれた。
 何でもないような態度でそれらを受け、時折うんざりした顔を見せながら、その実千空は、自分の誕生日を祝ってくれる人間が増えたことに、深い感慨をいだいていた。
 はじめは百夜だけが千空を祝ってくれた。それが大樹や杠という友人を得て、今ではこんなに大勢の人間が生まれた日を祝ってくれる。百夜はもういなくなってしまったが、代わりに得たものがあるのだと、前向きに考えることができた。
 だが、今年は異国で敵に追われる身である。自分の誕生日などというもので気を遣わせたり、気がゆるむようなことがあってはならない。その前のクリスマスや正月も含め、なるべく皆にイベントごとを意識させず、目の前のことに集中させようとつとめた。
 エクアドルでボートを降りてからは、ペルセウスの時から行っていた「何月何日、本日の天気は――」ではじまる朝礼を龍水にやめさせた。ゲンにも息抜きと称して宴会を考えたり、サプライズなどの準備をしないよう釘を刺し、話を持ちかけられた時はうまく断るよう依頼した。
 だがクリスマスと元旦は、フランソワの心づくしで普段より豪華な晩餐だったし、さりげなくゲンがマジックショーを見せるなどして、多少の特別感が漂った。日時を認識している人間は皆心得たもので、特に騒いだりすることはなく、米国勢はクリスマスを、日本勢は正月を、それぞれひっそり祝っている気配があった。
 皆から息抜きの機会を奪った罪悪感もあり、千空はクリスマスプレゼントとお年玉を兼ね、全員に何かしら役に立つものや喜びそうなものをクラフトしてやった。
 そのおかげか、昨夜までのあいだ、面倒くさいことを言ってきた人間はいない。

 本日一月四日、龍水の見立てによると最高気温三〇・五度、最低気温二三・一度。
 暑い中の移動は負担が大きく、また午後から雨になることが多いので、午前中に可能な限り移動を行う必要がある。雨は大概短時間で止むので、気温が下がってから更に移動を行う。少しでも早くマナウスにたどりつくことが重要だった。
 まだ日の影もない夜の帳の中、一人でそう予定を立て、起床までの時間を計算する。あと一時間は誰も起きてこない見通しだった。密林の中の移動は、いくら人工の灯りがあっても、夜が明けなければかなり難しい。
 簡易的な木造の小屋の中は狭く、すぐ隣で眠る大樹の鼾がよくひびいている。千空は慣れたものだが、奥にいる羽京は耳栓を付け、ほとんど壁にくっつくようにして大樹と距離をとっている。小屋は移動するたび建てるものだから、使う労力も材料も最小限で、広さも棟数も多くは望めない。自然、密集して寝ることになるが、大樹が夜番の時以外は大概この組み合わせになった。皆、大樹の鼾を避けるのだ。
 羽京が夜番の時は(千空は怪我の回復につとめろと夜番を免除されている)、代わりに司が入ることが多い。その司は現在夜番で、小屋の外で何やら行っている。トレーニングの音ではない。人を起こしてしまうような物音を、かれはこんな時間には立てない。それなのに何やらゴソゴソしている気配が気になって、千空はからだをずらして出入口から顔を出した。小屋は高床式で作られているから、自然と上から見下ろすかたちになる。
 司は焚き火の前に座り込んで何かしていた。容器から容器に、何かの液体を移す動作に見える。幾分空が白んでいるとはいえ、密林の中は暗くてよく見えない。昨夜の残りのスープでも飲むつもりなのだろうか。
 首を傾げたところで、司が突然こちらを見上げてきたから驚いた。この男はひどく人の気配にさとい。そうであるからこそ、霊長類最強なのだろうが。
 何をしてるんだと指でしめして質問すると、夜の翳をまとった男は、ゆったりと土を踏みしめてこちらに近づいてきた。

「?」

 マントから腕が伸び、下から何か差し出してくる。千空も手を伸ばし、壺のようなものを受け取った。

「まだ熱いから気をつけて」

 ささやくような声に頷き、栓を開けて匂いを嗅ぐ。ツンとした刺激臭が鼻をついた。明らかに蒸留された、アルコールのそれ。
 思わず相手の顔を凝視する。目を細め口唇を曲げるだけのささやかなものだったが、司は珍しく破顔した。

「――ジャボチカバか?」
「うん、エクアドルに降りたってすぐ、これなら酒にできると言っただろう。その日から集めて発酵させた。あとは夜番を利用して蒸留を繰り返して」
「テメー……」
「スイカや大樹も協力してくれたよ。器や用具はカセキにお願いした。俺ひとりの力じゃない」

 そうはいっても、司でなければ思いつかなかっただろう。また、クロムとゼノ以外で完璧な九六%蒸留を成功させることはできなかっただろう。かつてその恩恵に預かっていた司だからこそ、この場での復活液の重要性と、早急なアルコール作成の必要性に気づくことができた。 
 これから行く土地と、そこで得られるはずのものによる闘争を考えれば、復活液はあればあるほど安心だ。だが、硝酸は割合すぐ作ることができても、アルコールを発酵させるには二週間以上かかる。手持ちの酒は少ない。蒸留が終わったものは更に残り少ない。
 千空も必要だとは感じつつ、日々の移動と生活の手配、他のクラフトに気をとられてつい後回しになっていた。

「おさすがだな司ァ、百億万点やるよ」

 耳に指をつっこんで、笑いながら最大限の謝辞をのべる。司との間で多くの言葉はいらない。
 最強かつ有能な男はもう一度微笑すると、「誕生日おめでとう」と言い残して去って行った。プレゼントのチョイスから、協力者の選別、去り際のタイミングまで、すべて完璧な男である。
 おおかた、自分だけが千空の誕生日を祝ったことがないにもかかわらず、ペルセウス船上で誕生日を盛大に祝われたことを気にしていたのだろう。かれはオトモダチづきあいを学んでいる最中だから、大樹とカセキは快く協力したに違いない。
 スイカには何と言ったのか解らない。スイカは千空の誕生日に気づけばじっとしていられないたちのはずだから、単にジャボチカバの実を集めているところを見られたのかもしれない。アルコールになると聞けば、復活液を作るのだと彼女はすぐ解るだろう。

 苦笑して千空は小屋の中に顔を引っ込める。かつて敵対し、自分を殺した男が誕生日を祝ってくれる奇妙さとありがたさを噛みしめつつ寝床に戻ろうとすると、違和感に気づいた。
 寝ていたはずの大樹が、蚊遣りのわずかな灯りの中、こちらを見て微笑んでいた。

「――誕生日おめでとう、千空」
「聞いてやがったのか、デカブツ。というか、起きてやがったのか」

 多少声をたてていたとはいえ、こんな時間に大樹が起きるのはめずらしい。

「お前が起きたら、誰より早くおめでとうと言おうと決めてたんだ。でも少し遅れてしまったなー!」

 後ろの羽京を気にしつつも、大樹は大袈裟に頭を押さえて嘆く。千空はクククと笑って口の前に人差し指を立てた。

「それは禁止なんだよ、今年は」
「禁止? 何でだー?」
「そりゃこの非常時に余計なこと考えるやつが出ねえように――って大樹テメー、ゲンに何も聞いてねーのか」
「何をだ?」
「アイツ……」

 勿論、千空はゲンに、「俺の誕生日を知ってるやつ全員に、今年は何もするなと言え」とまでは言っていない。だが有能なメンタリストなら、さりげなく千空の意思を伝えてくれるものだとばかり思っていた。
 しかし、司や大樹の様子を考えると、おそらく宴会やサプライズを持ちかけてこない限り何も言っていないのだろう。
 この分では、今日はまだ誰かに祝われる可能性がある。その現場を見た人間に思い出されたり、あるいはルーナやチェルシーあたりに誕生日であると知られて、面倒なことになる可能性もあった。
 深々とため息をつくと、大樹が笑う気配がした。

「何笑ってやがる」
「いや、いくら禁止しようが、祝いたいやつはいっぱいいると思うぞ。お前の誕生日を祝うことは、余計なことじゃないからな」

 さとすように言われて眉を寄せる。
 大樹はたまにこんな風に、大人びた、染みわたるような声で、恥ずかしいことを言ってくることがある。
 それが何だか誰かを想起させて、千空はむずがゆい。

「一年間離ればなれだった時も、俺と杠でお祝いしたからな。本人はいないし届くわけもないが、それでも俺たちには大切なことだったんだ」

 きっと偽物の墓に向かって、二人で口々に何かを語りかけたのだろう。受け取れるわけでもないのに、杠は何かを作り、大樹はまた魚でも獲ってきたのかもしれない。
 目に見えるようだと思った。
 目頭にツンときたものを無理やり無視して千空は首を振る。そうして、わざと露悪的にふるまった。

「それにしても、朝礼なくなったってのに、雑頭がちゃんと日時覚えてやがったとはな。司帝国にはカレンダーもあったんだろうが、今じゃ誰もおおっぴらにしてねえだろ」

 こういうところが大人になれないところだ、と自分でも解っている。
 挑発的なものの言い方をいつもどおり気にすることなく、大樹は春の陽だまりのような笑顔を見せた。

「千空。復活直後、お前が日時を教えてくれた時から、俺は日付を数えるのを忘れたことはないぞ! それは司も同じだと思う」

 そう言われて瞠目する。

「お前みたいに秒数までは無理だがな。せっかく三七一九年もカウントしてくれたおかげで手に入った貴重なものを、そうと知っていて大事にしないやつはいないと思うぞ! ゲンだって、洞窟横のお前の字を見た時から、日時を忘れたことはないと言っていた」
「アイツ……」

 眉根を寄せ、二年前の『もう自分の年も解んないね』というメンタリストの言葉を思い出す。誘導尋問だったとはいえ、よくもあんなことが言えたものだ。
 千空はもはや毒づく言葉もなくして、敷布の上に大の字に転がった。

「あ゙ーもう、お涙ちょちょぎれる話は腹いっぱいだわ。やめようぜ、この話題」
「いや、まだだ、俺に謝らせてくれ! 誕生日は解っていたが、こんな状況下では何もプレゼントを用意することができなかった! すまん、千空!!」

 大樹が大きなからだを縮め、手を合わせて必死に謝る。そのすがたを横目に見て、千空はふたたび大きなため息をついた。

「一ミリも気にする必要はねえ。雑頭がそんなことに頭使って、その分作業効率下がったら困んだわ。大体、テメーも司のアルコール製作に協力したんだろ?」
「む、そうなんだが。俺も何か自分で考えたかった!」

 司のプレゼントのチョイスは完璧だった。だからこそ大樹にも思うところがあったのだろう。かれにも思いつけ、作れるはずだったものだから、なおさら。

「全部にカタついてから、好きなだけ考えりゃいいだろ。杠との共同製作楽しみにしてるわ」

 杠の名前を出すと、大樹はぱっと顔を輝かせ、小さな声ながら「おお!」と力強く言った。単純なものだ。
 口元をゆるめながら、千空はふと、この幼馴染に今日この日を祝ってもらえることそのものが、自分にとってはプレゼントなのだと気づいた。
 二十歳といえば、旧世界では進路が分かれ、離れ離れになっていてもおかしくない年齢だ。それをこのストーンワールドで、危険に脅かされながらも、この幼馴染と過ごしていられる僥倖を噛み締める。

 長い時間を過ごした相手がいるというのはそれだけで価値があるのだと、千空は最近ゼノと再会して知った。現在がどうであろうと、昔の自分を知り、過去を共有してきたことには大きな意味があるのだ。これは、年齢を重ねて初めて解ったことだ。
 大樹とは十歳で出逢い、それからほぼ毎日一緒に過ごしてきた。
 初めて海外に行った時、地続きの土地にいないことの心許なさを感じた。それまで、大樹についてそれほど深く考えたことはなかったため、そんな自分自身にひどく驚いたのを覚えている。
 石化から復活して、大樹が起きるまでの半年間は、まるで自分が半分になったように感じていた。世界にたった一人という孤独感がそう思わせるのかと思ったが、違った。大樹が復活し、司帝国と石神村で一年離ればなれになった時も同じ感覚を覚えたからだ。
 そんな相手がいること、そして今そばにいることの奇跡を考える。
 そんな友とは出逢えないまま、人生を終える人間の方が大半なのだと知っている。
 ――だからこそ。
 かれの存在に感謝し幸福を覚えるとともに、それを失うことに、たとえようもない不安を覚える。
 大樹が現在ここにいるということは、心強いばかりではなかった。スタンリー・スナイダーのあの銃弾から、大樹が身を挺して自分を庇うことは容易に考えられた。
 狙撃された時も、大樹が無事でよかったと思ったくらいだ。かれはあの時リーダーだと誤解されていたから、自分の代わりに狙撃される可能性が充分あったのだ。かれは当然ダイラタンシー流体のことなど思いつかず、からだ中を蜂の巣にされていただろう。
 そのことを想像するたび、千空は歯の根が合わなくなるような恐怖を覚える。

「テメー、死ぬなよ大樹」

 天井を向いたままぽつりとそう言うと、大樹が隣で目を見開いたのが解った。

「それが一番のプレゼントだわ」
「千空、それは俺の台詞だぞ!」

 半身を起こし、大樹はこちらに詰め寄る勢いで言った。

「あんな想いはもう二度とごめんだ! あんな、あんな……」

 歯噛みするような言い方に、狙撃された時のことだとすぐ解る。
 まるで昨日のことのように震えて泣く大樹を見て、千空は自分が大きな心配をかけたのだと今さら痛感する。

「……死なないでくれ」

 薄闇の中、ひそやかに、絞り出されるような声に、ああこいつも同じなのだ、とさとった。

「死なないでくれ、千空」

 十年。
 悲喜こもごもを分かち合ってきた友だった。
 「テメーがいなきゃダメなんだ」「片方が欠けるわけにはいかない」と思うほどに、離れていたら自分が半分欠けたように思ってしまうほどに、離れがたい相手だった。
 今では同じ天涯孤独の身の上で、自分たちはもう、幼い頃の自分を知る人間を、互いの他に持たない。
 失いたくなかった。
 大樹は今では、千空の心の一番やわらかい部分になっている。
 そう思うと涙が出そうになった。
 ああいやだいやだ、こんなに湿っぽいのは、と強く首を振る。
 死闘を目前にこんな想いをしたくなくて、今年は色々と禁止したはずなのに、これではまったく何の意味もない。
 それでも、隣で自分を思って泣いてくれる友がいることの得がたさに、嗚咽せずにはいられない。
 この先、もし銃弾の嵐が自分たちに降りそそいでも。誰が犠牲になってしまったとしても。
 ――たとえそれが自分でも。
 この男には死んでほしくない。
 これまでの身を切るような苦しみにもまして、その想いは明るく輝いた。
 やがて昇る朝日の光よりも、強く、眩しく、まるで隣で泣く男のように。

                                            了

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