いつくしみ深き
龍千

いつくしみ深き

1413文字。
2021年クリスマス更新。
12巻造船時期。出来てるか不明。



 自室の窓を開けはなち、身を乗り出してかの人物の帰還を待つ。
 パーティーを抜け出した王国の責任者が、想定外の場所に行くとは思えない。この夜に解りやすく誰かと逢引して、朝まで戻ってこないような男ではないし、「クリスマスとお正月だけでも休んで皆でお祝いしよう」と決めたハレの日を無視して一人ラボにこもるほど無粋でもないはずだった。
 今夜は必ずここを登ってくる、という確信をもって、龍水はもう何時間も外をうかがっている。部屋の中はきらびやかな電飾であふれ、暖炉にはあかあかと火が点っている。窓さえ閉めれば火と毛皮と酒でじゅうぶん暖がとれるのに、酔狂にも窓枠に腕をもたせかけ、白い息を吐きながら、一人の男を待っている。
 やがて日付が変わった頃、ひそやかな足音が夜のしじまに響いて、誰かが坂を登ってくることを知らせた。
 すぐ下の岩屋の前に足を止めた人間のシルエットと、かれが一人であることを確かめてから、龍水は静かに声をかける。

「そのまま、上がって来い」
「あ゙ー?」

 扉に手をかけていた男は驚いたように顔を上げた。龍水がこうやって声をかけたことなど一度もない。窓から見かけることがあっても、貴重なプライベートの時間には踏み込まないよう気をつけてきた。
 ――だが、今夜は。

「来ないなら、俺がそちらに行くが」

 千空が下の部屋に誰も入れたがらないのを知っていてあえてそう言う。他の部屋では誰でもウエルカムな千空が、唯一他人を拒絶するのが下の部屋だった。

「無駄にガンガン燃料使ってんじゃねえよ」

 想像どおり嫌そうな顔で入口に現れた千空を、龍水は微笑を含んで迎える。暖炉に誘導すると、その上で沸かしていた湯を使い、ハーブティーを淹れてやる。

「すべて自腹だが。俺が金を使って経済をまわした方がいいだろう」
「そういうことじゃねえ。ここじゃ何もかも貴重な資源なんだよ。たまに皆で贅沢すんのはいいが、一人で無駄に使うな」

 派手な電飾を見て文句を言いながらも、千空は椅子に腰を下ろし、湯気のたつカップに口をつける。

「一人じゃないだろう」

 毛足の長い皮の膝掛けを渡しながらそう言うと、カップに口をつけたまま見上げてくる。

「貴様を待っていた。全て貴様を迎えるためのものだ」

 龍水も、自分一人のために大量の電飾をつけようとは思わない。

「去年のことをゲンに聞いた。貴様は、石神村でゲンにイルミネーションを贈ったのだと」
「ゲンにじゃねえ。皆にだ」
「だが奴はそう思っている。尊い記憶だと俺に自慢してくる」
「ほーん?」

 探る視線を受け止めて、龍水は言葉を吟味し、慎重に吐き出す。

「それに今、貴様がどこにいたのか、俺は知っているつもりだ」
「……ゲンのとこじゃねえぞ」
「解っている。寒い、暗いところだろう」

 赤い瞳が大きく見開かれ、電飾の光を映して揺れた。

「だから――光の中で、あたたまってほしかった」

 心からの言葉にゆっくりと目が伏せられていくのを、感嘆と賛美の思いで眺める。

「貴様はいつも、俺に知らない感情を抱かせるな」
「――お嫌いか?」

 挑発的に嘯く表情はもういつの千空のもので、龍水は笑って「まさか」と否定することができた。 

「まさか。その逆だ」

                                               了

2021年12月25日 twitterへ投稿

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