two days before
4547文字。
千空誕のつもりで書きましたが、誕生日の二日前です。実はSTORMの二人。
STORMの誕生日当日は今後書くメインストーリーに組み込まれてるので、隙間話を書いてみました。
石世界でのお正月と、完全に出来上がる直前の二人を書けて楽しかった!
一月二日。科学王国本拠地の広場は、元旦に引き続き、大変な賑わいを見せていた。
わたあめ屋やラーメン屋の他にも、ふだんは見慣れない屋台やのぼりがたくさん立ち並んでいる。
焼き栗屋、焼き芋屋、肉や魚介などの焼き串屋。林檎あめやあんずあめ、ベビーカステラやつみれ汁に似せたものを売る店もある。飲食店だけではなく、輪投げや的あて、くじ引きなどのゲーム系屋台も、大人子どもを問わず大人気だった。
どれも、正月の雰囲気を求めた者たちが、造船作業の合間に準備した力作ぞろいである。屋台の内容も、のぼりや看板も、独創的というよりは伝統的なものが多く、旧世界の屋台に勝るとも劣らない出来栄えだった。
「フゥン、俺は屋台にあまり詳しいわけではないが、これはなかなか再現度が高いんじゃないのか?」
レストランフランソワのテラス席で遅めの昼食をとりながら、龍水は周囲を見渡してそう評した。
実際、旧世界で屋台に足を運んだことはほとんどない。せいぜい通りすがるか、テレビで見たくらいの知識である。だが彩りや匂い、喧騒も含め、日本人なら誰もが思い描く、正月の神社の屋台の雰囲気が再現されていると感じた。
「あ゛ぁ、やる気あるやつは早くから俺やフランソワに色んなこと聞いてきたな。面白かったから、できる限りの協力はした。話を聞いてた村のやつも興味津々だったみてえで、なかなか面白えことになってんな」
耳に指を入れ、苦笑しながら千空が答えた。
さっきから遠くでクロムが「うめええぇぇ!! ヤベー!!」とひっきりなしに叫んでいるのを言っているのだろう。
かれは昨日も本日も、下は相変わらずの鹿革のワンピースではあるが、上に黒く染めた麻製の羽織を引っかけている。幹部は三が日これを着ていろと杠に配られたものだ。同じものを龍水も着ていて、一見お揃いのようになっているのが面映ゆい。
正月の雰囲気に一役買っているのは、フランソワや千空も勿論だが、杠の貢献度も高い。「流石に、豪華な着物とかは無理だけど」と言いながら、正月用の衣装を求められるままに作っていた。
着飾った老若男女が、ゲームに興じたり飲み食いして馬鹿騒ぎしているさまは、この世界の発展と平和を象徴しているようでとても好ましい。
たった三日間の贅沢。資源も時間も限られた中、皆で協力して作り上げたこの雰囲気が、とても貴重で、幸福なものに思えた。合理性を重んじ情緒を排してはばからないリーダーの千空が、この雰囲気を歓迎しているのも、健康的で建設的なことだと思った。
聞けば、かれは去年も戦争の準備をしながらわたあめをふるまったり、暖炉を作ったりしていたのだという。そもそもが、長向きの人間なのだろう。
だからこのたびは龍水も、皆の笑顔と儲けを得るならここだとばかりに、特別メニューを考案し、レストランで提供した。フランソワに依頼し、できる限りの正月料理を再現させたのだ。出汁を丁寧にとった見目麗しい料理は、郷愁に浸りたい現代人たちには勿論、石神村の人間にも好評で、涙を流して食べている者もいた。
自身も、伊達巻や煮しめをつまみながら特製の芋酒を飲み、正月気分を目や鼻、耳だけでなく、舌でも楽しんでいる最中である。
「ああ、豊かだな。復活当初から考えると、本当に見違えるようだ」
思わず感慨の言葉を述べ、椅子にぐっと背を預けると、自分を復活させた男は皮肉気に口唇を吊り上げた。
「あ゛ー、何しろ神腕船長様が、思いがけず貨幣経済を復活させて下さったからな。そりゃ商売張り切るやつも出るだろ。プロのシェフ様も復活させていただいて、食文化もレベルアップしたことだしな」
「……余計なことだったか?」
千空のこのような口調は、悪気があるわけではないと知っている。だが、かつてこの件で微妙な空気になったことがある龍水としては、慎重にならざるを得ない。
「バカ、おありがてえに決まってんだろ。俺だけじゃ――ここまでできなかったっつってんだ」
そう言って目を逸らし、照れたように栗の甘露煮を口に運んでいるすがたにぐっとくる。
「千空」
思わず箸を持たない方の手を引き寄せようとすると、「やめろ、ここでは」と口唇を尖らせ制止された。
その口唇を、口内の甘露煮ごと、奪ってしまいたい欲求としばし戦う。ようやく体勢を立て直し、龍水は、
「来年はもっと二人で、」
と言った後、「豊かにしたいものだ」と続けようとして思いとどまった。
眠れる霊長類最強のことを考えても、来年の今頃は、もうさすがに船を完成させ、見果てぬ地に出発していなければならない。どこの土地にいるかは解らないが、こんな風にのんびり正月を堪能している暇はないだろう。
この平穏は、ずっと続くわけではない。生まれたばかりのこの王国は、いつまでも同じではいられない。石神千空の科学によって、時の流れによって、大きく変化していくだろう。それがいい方にのみ変わることを、この正月のよき日に祈念し、目を閉じる。
「……二人で?」
「ああ、共にいたいものだと思ってな」
怪訝な声で問いかけてきた千空に、安心させるようにそう言う。だが想い人は無情にも、「あ゛???」とげんなりした表情をして見せた。
「今も嫌というほど一緒にいるじゃねえか」
「もっとだ。もっと、そばに」
ひと時も離れたくない、今も本当は人目をはばからず抱きしめたいのだと言外に伝えたくて、龍水は相手の顔をじっと見つめる。
千空は居心地悪げにもぞもぞしていたが、今度はドライトマトの赤ワイン煮に箸を伸ばした。
優秀な脳が糖分を欲しているのか、先ほどからかれは甘いものばかり食べている気がする。
「デザートを食べたいなら、何か買い食いに行くか?」
気づけば、もう日は傾きかけている。レストランで遅い昼食をとっている分には皆遠巻きにしてくれているが、店の外に出れば千空はたちまち人に囲まれてしまうだろう。残念ではあるが仕方がない、と思いつつ屋台を示して誘うと、かれは首を横に振った。
「いい。滅多に食えねえ屋台の甘いもんは、女子供や村の人間に食わしてやれ。俺はさんざん試食させられたし、これで充分だわ。ていうかこれ、美味ぇな」
そう言って、龍水の考案した赤ワイン煮を美味そうに咀嚼している。
「フゥン、貴様は案外、甘いものを好むのだな。最近までそんなイメージはなかったが」
「あ゛ぁ? 好みが変わったんだわ」
首を傾げてそう言うと、千空は再び、ばつが悪そうに目を逸らした。
「ん? 何故?」
「知らねー。前はこんな、砂糖入りの食いもんなんか、あんま食べる気分じゃなかった」
「!」
頭を殴られたような衝撃を受ける。
もしかして――自分と甘い時間を過ごすようになってから、好みが変わったということだろうか。それはあまりにも自信過剰、自意識過剰な考えだろうか。
千空の様子を盗み見ると、うす赤く染まった目元や耳元が妄想を裏づけているように思えて、龍水は自身も赤面する思いで酒をあおった。極上の出来だったはずだが、もはや味など皆目解らない。
今すぐ寝所に連れ込んで甘い声をあげさせたい。甘い快楽を与えて、甘く目を潤ませ、どこもかしこもトロトロの甘露煮のようにしてやりたい。
つい今朝がたまでそのような時間を過ごしていたにも関わらず、ふたたび欲望の火が点って、周囲の喧騒が一気に遠ざかった。寒い屋外にもかかわらずからだは火照り、呑んでも呑んでも喉は潤されず、行き場のない欲求に暴走しそうになる。
「テメー、呑みすぎて潰れんなよ。夜にはテメーがくれんだろ、甘いの」
「……勿論」
顔を背け、耳を赤くした千空に、ダメ押しのようにそう言われ、龍水は観念したように酒を手放した。
実は大晦日から、年末年始で作業が止まっているのをいいことに、さんざん睦み合っていた二人である。昨日の日中は何やかやと仕事もあったのだが、宴会が終わるなりしけこんで、今日は朝まで互いを高め合っていた。
今夜も勿論、姫初めと称して甘い時間を過ごすつもりだったが、相手もそれを期待していることが解り、今すぐ飛びかかりたい気分になっている。
「だが本番は、貴様の誕生日だからな。今夜はあまり響かないようにしたい」
にやつきそうになる口元を押さえながらそう言うと、
「わーってる。だから、慣らせるだけ慣らしてて損はねえだろ」
と小声で言ってきたから驚いた。考えがあっての誘いなのだと解り、さらに頭が煮えそうになる。
一八の誕生日に最後まで抱きたい、と宣言してから数ヶ月、二人はまだ、完全には互いのものになっていない。それがようやく明後日、というより明日の夜から準備を始め、一つになろうとしているのだ。正月から発情した猿のようになってしまっても仕方がない、と龍水は咳払いしながら自分に言い聞かせる。
「それにしてもよく考えたら、何で誕生日の人間がくれてやることになってんだか」
「以前からそういう約束だろう。……まさか貴様、嫌になっているのか?」
おかしくなった雰囲気を変えようとしたのか、今さらながらのことを言い出した千空に、冗談だと解っていても少しだけ不安が過ぎる。
「嫌だったらさっきみたいなこと言わねえわ。俺は一体何してんだって――ふと我に返る瞬間があんだよ」
再度耳に指を入れながら、千空は上を向いて苦笑した。そのひどく大人びた、艶のある態度に、胸がぐっと締めつけられる。
合理脳の想い人である。さんざん我に返り、自問自答する瞬間があるのだろう。そのきもちは解らないでもない。だが相手をどうしても逃がしたくない龍水としては、真剣にかき口説かずにはいられない。
「惚れた人間の誕生日に、プレゼントは俺だなどとケチなことは言わん。動産不動産に限らず、山のように贈り物を用意してある。俺の恋人になるのに、そんな不安は絶対にもう抱かせん。だから千空、」
どうか我に返らないでくれ、と、懇願するように言う。
欲しいのはからだだけではないのだと、その心が、恋人の位置が、何もかもが欲しいのだと伝えたくて、手に触れる。
先ほどはすげなく拒否した想い人だったが、今度は制止することはなかった。うす赤い口唇が、甘い孤を描く。甘いワイン煮よりもよほど甘い色の瞳が、許容に細められる。龍水はその瞬間がひどくすきだ。
黒い羽織に、その赤い色はひどくあざやかに映えて、美しかった。
昨年四月に復活して約九ヶ月。それは千空に惹かれ続けていたのとまったく同じ月日だ。
最初は誤解があり、障害もあったが――一歩一歩着実に進んで、ここまでの距離を得られたことに感慨を覚える。
喉から手が出るほど欲しいものがすぐそばにある現実に、龍水はふと目眩を覚えそうになった。
正月の喧騒の中、大勢の人に囲まれながら、世界は今、二人きりであるような錯覚を覚えた。
了
2023.01.04pixivへ投稿