Dearest
15764文字。
龍水生誕祝いです。女に誘惑される龍水・遠距離にならない二人・プロポーズの三題噺です。
初めてちゃんと復興後を書きました。私の果てしないドリームをこれでもかと詰め込んでいます。
今まで「私の中の二人は復興後こうなんです!!」と思いつつ、具体的に言えなかったことをことごとく書いてみました。
捏造多し。七海邸とか孤児のこととか、もっとちゃんと書いてみたいです。
読み切りとして読めますが、恐らくこの二人はIN SILENCEの二人かなと思っています。
遅れましたが龍水お誕生日おめでとう、龍千永遠に幸せであれ…!
「何度も言っているように、オンラインで会議には出席する。だが、直接出向くことは出来ない。というより、俺はよほどのことがない限り日本を動くつもりはない。理解してもらえているものと思っていたが」
液晶画面に映る派手な美女に向かって、腕組みをした龍水が苦い顔と声で言う。普段紳士を自認する男とはとても思えない表情と声音である。
『世界中に影響力を発揮する貴方が、意外にもなかなか日本を離れないことは知ってるわ。だからこそ、大事な日に直接お会いしたいの。来て下さるって信じてるわ』
こんな問答が、夕食後ずっと続いている。龍水が珍しく多少苛ついていても仕方がない、とは思う。
千空は、時おり恋人の様子をうかがいながら、隣の部屋で紙を継ぎ足し継ぎ足ししながら設計図を引いている。七海邸は一室一室がばかでかいので、こういう時とても便利だ。千空がひらめいた時書くものに困らないよう、この家には大きな紙が沢山常備されている。
『皆、貴方に会うことをとても楽しみにしてるの。せっかく会議の日がお誕生日なんだもの、盛大にパーティーを開いてお招きしたいわ』
復活した途端、ファンに貢がれまくってたちまち大富豪になったという大女優は、駄々をこねるように言った。まだ娯楽の少ない、そしてかつてのような映像技術がない世界にもかかわらず、質のいい映画やドラマを生み出せる演技力や適応力、女神のような美貌も持つ彼女は、沢山の賛美者やスポンサーに崇められている。
その影響力は絶大で、自ら大規模事業を立ち上げたり、発展が遅れている国に多額の寄付をするなど、経済界にとってもいまや無視できない存在だった。
そんな彼女に、龍水は夕食後の時間をまるまる潰されている。今日はかれも千空も早く仕事をあがれたため、久々に夕食を共にした。フランソワのフルコースに舌鼓を打った後、才も交えてゲームに興じていたところ、財閥のネットワークを通じて女優から連絡が入ったのだ。龍水は応答を渋ったが、度重なる連絡が来ていやいや応じ、結局この時間まで話は平行線をたどっている。
どうやら一週間後にさし迫った世界経済会議への、リアルでの出席を求められているらしい。
「俺の渡欧を執拗に乞うその理由が、貴女の個人的な願望なのか、誰かに指示されてのことなのか、少し興味があるな。俺がそちらに行くことで恩恵を受ける人間は誰だ? ちなみに、俺の方に特にメリットはない」
『あら、もちろん私自身の願望よ。生身の七海龍水にまたお逢いしたいの。今度はお酒でも吞みながらゆっくり語り明かしたいわ』
女の声音がねっとりしたものに変わった。その意味は、さすがに千空でも解る。こんな台詞は、もう何度も聞いてきた。
そして自分が聞いている時、龍水がこんな誘いを何と言って断るのかも、よく知っている。
「なら、なおのこと行くわけにはいかないな。俺には嫉妬深い、可愛い恋人がいるもので」
普段なら「嫉妬深い恋人」だけのところ、龍水は「可愛い」という言葉を明らかにわざと付け足した。プライドの高い、美貌を鼻にかけている女相手に言うにはきわどい言葉だ。挑発的といっていい。
案の定、大女優は息をのんだようだった。彼女が臍を曲げるとこじれる話がいくつかあるはずなのに大丈夫なのか、と千空は少し心配になる。「女神」の機嫌をとるため、要請されずとも龍水は今回直接出向くのではないかと、開催地が決まってからずっと考えていたほどだ。
『そういうことを今言うのは反則でしょう? 無粋な方ね』
「残念だが、誕生日は毎年恋人とゆっくり過ごすことにしているので。だからマダム、――申し訳ないが」
ひび割れた声からは充分ダメージを感じられたのに、龍水は追い打ちをかけるようにそう告げた。貴重なプライベートの時間にしつこく割り込まれ、よほど苛々していたのかもしれない。普段はもっと相手のプライドにさわらないよう、うまくあしらえる男だ。
千空はふと、スペインの夜を思い出していた。
◇
宇宙船の素材集めに南米からニューペルセウス号で出発し、降り立った最初の土地がスペインだった。土地の人間を起こし、人手を募って蛍石を大量に採取した。龍水はそこで基幹通貨を作り、龍水財閥の基礎を築いた。
その土地の上で過ごした最後の夜のことだ。住んでいた小屋を引き払い、今夜は船で寝ようと移動するところだった。千空はまだ小屋の中で荷物をまとめており、先に龍水が玄関口に出た。途端、流暢な英語が響いた。
「あたしの部屋へ来ない? リュウ」
若い女の、小鳥のさえずるような声だ。
「明日には発つんでしょう? 今夜はあなたと語り明かしたいわ」
盗み見るつもりはなかったが、顔を上げれば窓から男の腕にすがる女のすがたが見えた。背が高くたくましい男と、小柄で肉感的な女のシルエット。ほぼ色のない暗がりの中、二人の肌と、夜目にもあざやかな眩いブロンドだけが浮かび上がっていた。
闘牛まがいのことをしてから龍水のことをひどく気に入り、積極的にモーションをかけていた女だ。
恋愛に疎い千空でも、これがどういう場面なのかはすぐに解った。だが、彼女が自分のことを何と思っているかは解らなかった。龍水との関係に気づいていないのかもしれないし、気づいてはいるが気にしていないのかもしれない。この国の人間は情熱的で、享楽的で、ためらいというものがない。
「一晩でいいのよ。あなたという思い出が欲しいの」
男の腕をとり、自分の胸に導こうとする大胆さと、その台詞の殊勝さとのギャップに驚いた。
情緒ゼロかつメンタルお化けと言われる千空ではあるが、さすがに目の前で恋人を誘惑されている最中、ガサゴソと荷づくりを再開する気にはなれなかった。音を出してこちらに気づかれ、関わり合いになるのが面倒というのが理由の大半ではあったが。
盗み見も盗み聞きも趣味ではない、だが奥の部屋に行くにも音を出しかねない、どうする――? と二本の指を立てた瞬間、龍水の凛とした声が響いた。よく響く、男でも聞きほれてしまうような声だ。
「残念だが、俺には嫉妬深い恋人がいるのでな。貴様の部屋に行けばすぐばれてしまうだろう。そうして首を絞められる」
おどけたように笑ってそうしめくくった。はっきり断らないのは、相手のプライドを考慮してだろうとよく解った。解るが、自分をだしにしないでほしい、と千空は少々苛ついた。
誰が嫉妬深い恋人だ。本当に嫉妬深かったら、今頃自分でとっとと女を追い払っているだろう。
「まあ、そんなに束縛されてるの? 結婚もしていないのに? 可哀想――あたしが奪ってしまいたい」
「そうすれば、貴様が殺されてしまうだろうな」
「本当に嫉妬深いのね」
「ああ、俺は哀れな恋の奴隷なんだ。本当に残念だ」
内容とはうらはらに、龍水は快活に笑ってその会話を締めくくった。この男が憎まれないわけだ、と痛感した。案の定、女は「解ったわ、残念」と言い――ふいに感じのいい笑みを、千空のいる窓の方に向けてきた。
手を立てて謝るような素振りで去って行くのを、ただ唖然と見守るしかなかった。
彼女は、千空がこちらにいることに気づいた上で龍水を誘ったのだ。
自分に協力してほしかったのか、見逃してほしかったのか。
あるいは――試したのか。
「誰が嫉妬深い恋人だテメー、殺すぞ」
やれやれ、今日明日は気軽に外に出るものではないな、と言いながら戻ってきた龍水を、玄関先で足蹴しながら出迎えた。
「やばい幻覚でも見えてんのか? ノリに乗って雑な演技してんじゃねえわ」
「はっはー! 単なる俺の願望だ! そんな千空も見てみたい!」
口を尖らせて苦情を言うと、バシィ! というフィンガースナップの音と共に、あまりにも正直な物言いで答えられた。
「嫉妬のあまり俺の首を絞めたり、ナイフで刺したり、一物を切り取ろうとするような、情熱的で恋に狂った貴様も見てみたいぞ!」
うっとりするような顔で指折り数える龍水の様子に、げんなりした顔を見せた。
「どこの千空だそれ」
「フゥン、想像するくらい別にいいだろう」
「人に言ったら想像ですまねーんだよ! まあ、明日には発つ土地だが――」
だから言ってみたのだろうと思いつつ、何だか割りきれないものを感じた。淡白な自分に物足りなさを感じているのか、という考えがつい頭をよぎってしまうからなのかもしれない。
そういえば龍水は、波乱万丈が似合わないでもない。石化前は割合さらりとした恋愛遊戯をしていたようだったが、深い仲になってみるとなかなか情が濃く、面倒臭い性格なのがよく解った。嫉妬深いし、愛情深い。そしてそれに相反するような、「男も女も全員欲しい!」という例の信条がある。百夜言うところの昼ドラか火サスの世界に、これほど相応しい人間もいないだろう。
だが先ほどの対応を見るかぎり、人の恨みをかわないコツを身に着けていそうだった。恨みをかってしまったとしても、あらゆる権力を使って何とかできそうでもあった。
ともあれ、世界各地で現地人をどんどん復活させる予定の千空としては、このような事態が増えることを充分考慮に入れておく必要があると悟った。
つまり――恋人が異性にものすごく「モテる」ということを。
「――あんな恋のかたちもあんだな、女には」
「ん?」
「一晩でいい、とか」
龍水が心変わりするとはあまり思わない。だが、自分のいないところであんな台詞を言われたら、実際どうするのだろうと思った。
去って行く相手、決して自分のものにならないと解っている相手に、「一晩だけでも」と願う女のいじらしさは、案外この男の心を動かすのではないかと思われた。
「何を言う、男にだってあるぞ。一晩だけでいいから、という恋は」
あっさりと言われて拍子抜けした。しかも、恐らく意味あいが大きく違う。
「そりゃ単なるヤリ目じゃねえか」
「下手な軟派師にそう言われてなびく女はいないだろう。そうじゃない。その言葉が本領を発揮するのは、既に決まった人間がいる相手を口説く場合だ」
「あ゛ぁ?」
思いがけない言葉だったが、何となく解らないでもなかった。夫や恋人のいる女に対して、一晩でいいから思い出をくれ、という真摯な口説き方は効くということだろう。
経験者なのだろうか、と首を傾げていると、龍水は真剣な顔でこちらの手を掴んできた。
「千空、気をつけてくれ。今後何があっても、一度だけでいいから、という人間に絆されないでくれ。貴様は案外絆されそうで心配だ」
自分が考えたのとほぼ同じことを相手が憂慮していると知り、千空は何だかばかばかしくなった。
「アホか。人のこと何だと思ってやがる。俺は複数人に粘膜の接触を許すなんて非衛生的なことは絶対ごめんだわ」
抱き寄せられそうになるのを、手を振りほどいて抵抗すると、龍水は苦笑してあっさり身を離した。
「それは貴様らしい、説得力ある言葉だな」
「たりめーだろ。テメーこそ気をつけろ。さっき俺が見たのはたまたまで、あんなことはしょっちゅうあんだろ。変な病気でも移してみやがれ、別れるだけじゃすまねえぞ」
「ぜったいに、そんなことはしない」
目を見ながらひどくまじめな面持ちで言われ、千空は内心「しまった」と思った。
こういうやりとりの記憶は、もしものことがあった時、今嬉しいと思った分だけダメージを受けるのだ。恋愛に疎い自分でも、それくらいは解る。
この手のIFは、恐らく言わないに限る。
「あ゛ー、解った解った」
さっさと話を切り上げようと背を向けた千空を、龍水は今度は有無を言わさず抱きしめてきた。
「心配なら、ずっと一緒にいればいいだろう。今のように一緒にいれば、あんなものはすぐ防げる」
「心配してねえし防いでねえ。俺は見てただけだ」
この男の態度をただ、見るともなく見ていた。
自分がそばで聞いているから、この対応なのだろう、と思いながら。
――だが、もしいなければ?
そう何度も頭を過ぎったことを、龍水はまるで見透かしたようにこう言った。
「ずっと一緒にいよう。月に行く時も。文明が復興し、全人類が復活しても。いさせてくれるだろう? 千空」
直接耳に吹き込まれた、甘い声、甘い言葉に、胸が疼いた。
何しろ、付き合ってから実質まだ一年半だ。互いに若く、生命も未来も預け合っている状態では、この恋は盛り上がらざるをえないし、磐石にしか思えない。
だが、文明が復興し、全人類が復活したら? 別々の道を歩き始めたら?
今のように常に一緒にいられなくなることは必定だろう。
――そして、一緒にいなければ?
先ほどと同じ場面に遭遇した時、龍水はどう出るのだろう。
考えても埒がないことに思考を費やす性格ではないので、千空はそれ以上考えることを放棄し、相手の腕にすなおに身をゆだねた。
翌日から龍水は船長として忙しくなる。だからもう余計なことを考えず、夜のうちに家を引き払うなどということも考えず、二人きりでいられるうちに、甘い時間を堪能するのが最良だと思われた。
◇
――という過去を思い出した後、千空は、
「テメーはまた、存在しない人間をだしにして断ってんじゃねえわ」
と、こちらの部屋に入ってきた恋人を見上げ、苦情を申し立てた。
龍水は室内に散らばった設計図を見渡すと、ふいに腰を落とし、紙に埋もれて床にうつ伏せになっている千空をひょいと抱き上げてきた。
「何すんだ、まだ書いて……」
猫の仔のように連れて行かれるのが納得いかずジタバタするものの、龍水は危なげなく姫抱きに抱え直してくる。
「今日は設計図はもうお仕舞いだ。お疲れな俺に付き合ってくれ」
その声に本当に疲労のひびきを感じ、不本意な運ばれ方に文句を言うのはやめておく。代わりに、経済にも男女の機微にも疎い自分でも懸念したことを、一応忠告してみる。
「あれ、やばくね? 『この間のお話、もうあてになさらないことね』とか何とか、最後えれえ剣幕だったじゃねえか。今度の会議が火ィ吹くぞ」
何しろその言葉と共に、映像の乱れもなく画面がぶつりと切れたのだ。相手が腹立ちまぎれに大人気なく通話を終了させたことは明白だった。
「テメーが行かないとやばい感じじゃね?」
「――行ってほしいのか?」
あ、これは機嫌がよくない時の声だ、と千空は判断した。龍水が自分に対してこんな声を出すのは珍しい。だから、あえて論点を明確にする。
「違え。単に、行かないと収拾つかねえんじゃないかと思っただけだ」
「いつも言っているだろう。必要がない限り、会議は全部オンラインですませる。そうできるよう、俺は早くから準備を進めてきた」
「必要」がありそうだから忠告しているのに、龍水は普段と同じことを言う。
龍水財閥を創立し、世界各地に娯楽施設を建設し、RALを創設することになっても、この男は不思議なほど日本を離れない。あらゆるネットワークやオンラインを駆使して、自らが海外へ移動することは最小限に抑えている。世界の重鎮と会う必要があれば日本に招き、大事な会議はなるべく日本で開催するよう働きかけている。
だが、その理由はよく解らなかった。七海龍水は財閥の長であると共に船乗りであり、飛行機乗りである。世界中を旅すること、移動することが大好きなのだと思っていた千空としては、復興後の龍水の仕事の仕方は不思議に思えた。
「テメーはもっと、世界中を飛び回って仕事するんだと思ってたわ」
「何だ、ご不満か? 貴様は亭主元気で留守がいいみたいなのがお好みか?」
「何だそれ。誰が亭主だ」
口を尖らせ軽口をたたきながら、千空は、ああこれは根深いな、と相手の顔を見て口を噤んだ。そうして、黙って長い廊下を抱えられながら運ばれていく。
七海邸は旧司帝国本拠地跡の麓にあり、ラボからも非常に近い。かつて本拠地の真上に自分一人用の屋敷を構えた男は、ロケット製作期は兄と同居していたが、復興後は兄に加え、仲間をも住まわせている。外交官のゲンなど世界各国をまわることが多い人間のために、沢山のプライベートルームを備えた屋敷を建てた。さながら、ホテルのごとき外観である。
千空も最初は別に家を持っていたが、ラボの自室でなければここで休息をとることが多く(何しろここには龍水に加え、フランソワがいるのだ)、すぐ手放すことになった。機材やら何やらがあるため広い部屋を与えられているが、寝るときは主に龍水の寝室に連れ去られる。ラボの自室で寝落ちることが多く、またここには才など他の仲間も住んでいるため、龍水と同居しているという感覚はない。だが、疲れきって何もしないこともあるとはいえ、週に二、三日は一緒に眠っているといっていい。
今では慣れ親しんだ龍水の寝室は、案外広くも豪奢でもなく、復興前のかれの家を思い出させる作りだった。カセキに作ってもらった家具や杠に作ってもらったタペストリー、ペルセウスの模型、ロケットの模型など、かつての家にあったものが大事にそのまま置かれているのも大きいだろう。千空はこの屋敷のどこにいる時よりも、龍水の部屋にいると落ち着いた。
その寝室に運び込まれ、復興前から使われているソファにそっと下ろされる。そういえば、この男は手段はどうあれ、自分を移動させることがすきなのだな、と改めて気づく。それは有無を言わせない時もあり、一緒に計画を練ることもあった。最初に深く触れ合った時のように突然乗り物に乗せられどこかに連れて行かれたり、唆る話を持ちかけられて旅行がてら遠出したりする。海外も、どうしても自分が行かなければならない場合は、今でも龍水自身が飛行機や船を操縦して連れて行ってくれる。
ただ――かれ一人では、今では遠出することはないのだ。
それに気づいて、次々とカーテンを引いていく恋人の後ろすがたを愕然と見やる。
言いたいことが解ったかのように、龍水は一つため息をついた。
「今回、俺が渡欧するとするだろう。会議までの間に、俺は確実にあの女優のベッドに引きずり込まれる。薬の一つや二つ盛られてもおかしくない。そうして既成事実をでっちあげられ、更には映像に撮られ、それをネタにこちらが不利になるサインをさせられる。いわゆる、ハニートラップというやつだ」
「ま、じか」
「今では、一歩海外に出ればその手の罠でいっぱいだ。女でだめなら男を寄越してくる。正直、もううんざりだ。貴様と一緒なら護衛も一流だし、相手にも遠慮があるがな。俺一人で行く場合、一流の護衛は貴様につけておきたいし、パートナーがいなければどうしても隙ができる」
そうだったのか、と思いがけない理由を突き付けられ、千空はただただ目を見張るしかなかった。では、今日の女優の誘惑は、スペインの情熱的な女のそれとは質が違ったのだ。だから龍水はあんな言い方をしたのだと、今では解る。
千空自身は今までそんな目にあったことがない。海外に行く時は常に龍水が一緒だったし、司やコハクなど、鉄壁のパワーチームがついて来てくれた。別の国にいるはずのゲンが駆けつけてくれたこともある。気づかぬうちに、魑魅魍魎の罠から守られていたのだろう。
「望むと望まないにかかわらず、俺たちは今や救世の英雄というやつだからな。復興したこの世界では、政治家以上に影響力があると思われている。弱みを握って自在に操ろうとする人間は後を絶たない。薬、女、その他醜聞になりそうな種は全部避けるに限る。交渉力や戦闘に腕の覚えのある人間以外は、招かれてのこのこ海外に行くべきではない」
「ほーん。だから、外交はゲンに一任してるのか」
「そうだ。奴ならハニトラなどお手の物だ。逆手にとって利用することもできる」
堂々と言う龍水に呆れかえる。ゲンなら確かに大丈夫だとは思うものの、危険な地に放り出した上、すべてを任せきりなのは、いささか無責任ではという感じもする。
だがそれは、ゲンと龍水との間の、暗黙の了解なのかもしれなかった。あらゆるネットワークを握る龍水は日本を拠点にし、ゲンはそれを利用しつつ世界中を飛び回る。そうやって復興を進め、現地の調整をするという協定が、かれらの間で結ばれているのかもしれない。
「ゲンのことなら心配いらんぞ。逐一連絡を取り合っている。やつに何かあれば、俺かスタンリーが司を連れて即座に現地に飛ぶ。そういう手はずになっている」
窓辺から戻ってきた龍水にそう言われ、やはり、と納得する。
「それに、俺が日本を動かんのは、奴の望みでもあるからな」
「あ゛?」
「貴様を見守るよう依頼されている。いつも何かに夢中になっている貴様は、目を離せば危なっかしくて仕方がない、ヒョロガリだし交渉のひとつもできないし心配だと。下手をしたら一人で月まで行きかねないと。だから自分の代わりに見守っていてほしい、と頼まれている」
苦笑しながら、龍水はソファに腰を下ろす。千空はただ、ぽかんとそれを見上げることしかできない。
「まあそんな依頼などなくても、貴様のそばにいるのは恋人として当然のことだが」
「過保護かよ、テメーら」
笑い飛ばそうとした声に多少水気が含まれるのを、ごまかすことはできなかった。
ゲンが石神村に来た時からずっと、龍水を起こした時からずっと、千空は二人に見守られていた自覚がある。月に行くまでの間、二人は常にそばにいて、どんな時でも陰になり日向になり、あらゆる意味で自分を守ってくれた。そのことを、改めて思い知る。
「おや、泣きそうか? ゲンが恋しいか? 慰めてやろうか」
「んなわけねー」
笑って自分を抱きしめてくる龍水の肩を、千空はぽかぽかと叩く。
「ゲンとの約束もあるし、義務感もあるが、貴様と離れたくないのは、俺の方だ」
「ん?」
こちらの拳ごと抱きしめ直すと、龍水は肩に強く顔を埋めながら、吐き出すように言った。
「龍水財閥を作ることは早くから決めていた。スペインで基礎を作り、その後各国をまわるたび拠点を築いた。ロケット製作期に龍水海運を創設した時には、多少あちこち行き来したしな。その後は、ほぼ日本にいながら世界中を把握できるようになった」
ロケット製作期のことを、千空はあまり覚えていない。気がつけば龍水が数週間おらず、海外に行っていることにようやく気付いたこともあった。そのくらい、ロケット作りに追われていた。
だが、自分があれこれ頼まなくても、龍水ができることを探し、自ら率先してやってくれたことはよく覚えている。かれが自分の欲のために何かしたことなど、本当は一度もないのではないかと思うほどだ。
「皆勘違いしがちだが、俺にとって龍水財閥は通過点であり、手段だ。目的や目標ではない」
心を読んだかのように龍水がつぶやいた。
「すべてのことは、貴様と共に生きたい、そばにいたいからやっていることだ。世界のすべてを手に入れても、貴様がいなければ何の意味もない。宇宙都市が完成し、タイムマシンが完成し、貴様がどこに行くことになったとしても、俺は必ず一緒に行く。貴様と離れないためなら、俺は何でもする。何でもだ」
歯ぎしりしそうな勢いで言い募る情熱がどこから来るものか解らず、千空は内心首を傾げた。そうして、次の言葉ですべて理解した。
「あんな想いは、もう二度とごめんだ」
二人の脳裏に、おそらく同じ光景が去来していた。外を歩いているところを呼び止められた夜。夜明けまで抱き合った日のことを。
月行きを諦め、この男は滂沱の涙を流したのだと後で知った。それは夢が破れただからだと理解していたが、もしかしたら、それだけではなかったのかもしれない。
諦めた後も訓練を怠らず、わずかなチャンスをものにして、追いついてきたことを思い出す。絶体絶命のピンチを救ってくれたことを思い出す。
そんな風に、龍水は気がつけばいつも自分と一緒にいる。当たり前のように。付き合う前からずっと、復活した時から決まっていたことのように。
そう、何だか知らないけど、この男は自分のそばにいたがるのだ、ばかみたいに。
そう思うとひどくいとおしくて、笑いが込み上げた。千空はすがりつくように自分を抱きしめている男の、きらきらした頭のてっぺんにキスをしてやった。以前はなかなかできなかったことだ。この派手な頭に船長帽が乗らなくなって、もう久しい。
龍水が弾かれたように顔を上げてくる。何をされたのか解ったのだろうか。驚いた顔が幼く見えて面白く、千空は今度はその口唇に音を立ててキスをしてやった。
「千空、貴様、」
たちまち抱きしめられ、ソファの上に押し倒され、熱烈なキスの嵐を浴びせられる。頬に、額に、瞼の上に。それから口唇に。角度を変えて、何度も何度も。
犬がじゃれついてくるような仕草がおかしくて、千空は再び笑い出しそうになった。この男はクールで年上ぶった態度をとりたがるが、二人でいると案外、甘えた仕草をする。大きな尻尾がパタパタ振られているのが見えそうな時がある。そうして、自分はそれに絆されてしまうのだ。
だから続いているんだろうなと考えながら、千空はゆっくりと下がっていく口唇の感触に耐えた。首筋を舐められたり、がぶがぶ甘噛みされると、犬を相手にしているような余裕はなくなり、ぶわりと大きな熱が生まれる。
それに気づいたのか、龍水が身を起こし、こちらを嬉しそうに見つめてきた。
「フゥン、いい話をしていたところだったのだがな。いい眺めだ」
「テメー……」
相手に余裕があるのがむかついて拳を振り上げると、難なく手首をつかまえられ、口元へと持っていかれる。甲にくちづけを繰り返しながら、恋人は情熱的な言葉を吐いた。
「誰かに奪われたり、害されたりしないか心配なのも勿論あるが、俺自身がいつも貴様のそばにいたいんだ。何年たとうが刺激的で、楽しくて、幸せだからな。それに、また世界があの光に包まれても、本当に死ぬことになったとしても、貴様と一緒ならばいい。宝島でも、南米でも思った。そしてノルウェーからの帰りにも心底思った。この飛行機を操縦しているのが俺で本当によかった、と」
ああやはり、この男は波瀾万丈を好むのだ、と改めて思う。ただ昼メロや火サスとは方向性の違う波乱万丈だ。恋の相手が悪かったのかもしれない。よかったのかもしれない。
とりあえず、未だにこの恋を選び、自分を選び続けてくれていることを嬉しく思う。自分たちは相乗効果で、海の果て、空の果てまで、どこまでも行くことができるのだ。
「テメーは何年たっても、おありがてえ俺のチートパイロットで、パトロンで、恋人様だよ」
そうささやき、手の拘束をやわらかく解くと、千空は相手の頬に指先を触れさせる。精悍で彫りの深い顔を、自分の方に近づけさせる。
龍水はぱっと会心の笑みを見せた。光射すような、千空のすきな笑顔だ。
「そうだ! どんなに世界が変わっても、俺はこの位置を誰にも譲りたくない。だから、日々研鑽している。再び宇宙に行くなら今度こそは俺が、と訓練も続けている」
「へえ?」
思いがけない告白に目を丸くする。それは初耳だった。この男はこういうところが本当にあなどれない。
「だから、余計な移動や人の機嫌取りに費やす暇はない。貴様や皆の命がかかっているなら別だがな。俺のやりたいことはそんなせせこましいことじゃない。片手間に世界を牛耳り、手に入れるのは悪くないが、それだけを目的にはもう生きられない」
貴様と出逢ったからだ、と言われ、口の端が上がる。口唇がにんまりした笑みをかたちづくると、龍水は再度そこにくちづけてきた。
「貴様に愛を捧げることは、俺のためでもあり、世のため人のためにもなる。そんな人間と出逢い、愛し合えるのは、もはや歴史的な出来事だ。添い遂げられるなら神話級だ。この貴重な権利を、立場を、俺は絶対に譲らん。誰にもだ」
そう言って、頬に添えられた手を縋るように取り、今度は指に一本ずつキスしてくる。
自分の何が、どこが、この男にここまで言わせるのか、千空には恐らく永遠に解らない。だが自分たちは途方もなくぴったり相性がいいのだということは解る。何度やり直しても自分は七海龍水を選ぶだろうし、相手も恐らくそうなのだろう。
丹念に指を舐め、口に含んだ後、龍水はそのまま手のひらに吸いついてきた。ビリビリした快感が走り、思わず呻いてのけ反る。しばらく窪みを舌でなぞられて身をふるわせていたが、千空はついに自由な方の手でたくましい背にすがりついた。同時に両足を上げて相手の腰に絡め、自分の方へと引き寄せる。
手のひらの向こうにある鳶色の瞳が、一気にギラついた光を帯びた。
「フゥン、積極的だな、千空。今夜はもっと俺の愛を伝えたかったのだが――」
「テ、メーは、おしゃべりでしか愛を伝えられねえのかよ……ッ」
「ほう? 言ったな?」
獰猛な動きでのしかかられて、脳のどこかが歓喜する。喉にむしゃぶりついてくる相手を形ばかり押しやりなら首をのけぞらせると、そこに歯を立てられた。高い声があがる。
「千空。貴様が常に俺の欲しいものであり、居場所であり、到達点だ。いつでも、何年たっても。そんな貴様のそばにいられる僥倖を、いつも噛み締めている。だからどうか、俺を遠くにやろうとしないでくれ。一緒にいてくれ」
からだのあちこちにキスしながら、懇願するように言い募る男を、ばかだなあと思う。離れたいと思ったことなどないのに。自分を置いてどこか行けばいいなど、一度も思ったことなどないのに。
――むしろ、その逆なのに。
そんなことをそのまま言ってやるつもりはなかったが、少しはましな言葉をかけようとしたところ、耳朶を咥えられて一気に頭の中に甘い靄がかかった。こうなると、意味をなす言葉はもう発せなくなる。
耳の中に、ゆっくりと龍水の舌が忍び込んでくる。細かくからだが震えはじめ、息が乱れていく。あちこちを這いまわる舌と指の感触に翻弄されていく。
やがて千空は、自分の口唇からひっきりなしに甘い声があがるのを止められなくなっていった。
◇
からだのすべてを上手に暴かれ、数日分の欲を解き放つと、千空はそのまま寝入ってしまうことが多い。休日など稀に元気な時は、割合すぐに二回戦が始まる。
だが今夜はそのどちらでもなく、ベッドに仰向けになったまま、二人、手を繋いで天井を見ている。直前に愛をささやきあったせいか、いつも以上に盛り上がり、心もからだも強く結びついた充足感に満たされている。
すさまじい余韻に半ば呆然としながら、薄闇の中呼吸を整えていると、恋人が気遣うようにこちらをうかがってくるのが解った。
「大丈夫か?」
声を出すのも面倒で、こくこくと首を縦に振る。龍水は安心したように笑うと身を起こし、バスローブを羽織った。こういう仕草が、嫌になるほどさまになる男である。
「すごい達き方をしていたから今は触れない方がいいと思っているのだが、からだを拭くか? 寝巻を着せてやろうか? 水はどうだ?」
千空は今度はぶんぶんと首を横に振った。とりあえず、もやがかった脳が通常に戻るまでは何もしたくない。
「何かしてほしいことはあるか?」
そう言われ、少し考えた後、ベッドの隣のスペースをぽんぽん叩く。まだ触られたくはないが、そばにはいてほしい。
龍水はぱっと笑うとそばの水差しからぐびりと水を飲み、それからベッドにダイブしてきた。圧倒的な熱量をふたたび肌が察知し、触れられてもいないのにあたたかさを感じる。
汗がひきはじめ、少し肌寒さを感じていたのが解って、千空はシーツを引き寄せた。龍水は意図を察したのか、それをきっちり肩まで引き上げてくれる。そうして腕枕をつくと、こちらを見下ろしてきた。
ランプの光に照らされ、トパーズのように光る瞳が美しい。何もかも絵になる男はしばらく黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「千空。――実は、俺はまもなく誕生日を迎えるのだが」
まじめな面持ちでそう切り出され、千空は笑い出しそうになった。実は何も、その日に渡欧の要請が入ったことが、今夜の問題だったはずだ。
頷いて、うかがうように見る。龍水は、何故か緊張した面持ちでまた押し黙った。
普段は何やかや強請ってくる男だが、誕生日をアピールしてくるのは珍しい。何か大がかりな、作ってほしいものでもあるのだろうか。
「……何が欲しい?」
かすれた声が出るのを承知で、千空は口を開いた。さんざん嬌声をあげさせられた喉は、ひりついて痛みを感じるほどだ。
そんな声をあげさせた張本人は、じっとこちらを見つめたまま、思いがけなく長い台詞を口にした。
「貴様のそばにい続けられる口実になる、誰もが納得する証が、大義名分がそろそろ欲しい」
「あ゛??」
長すぎて何を言われたのか解らず、聞き取れた音を頭の中で文章化する。してみても、意図はよく解らなかった。
「パイロットとかパトロンとか恋人じゃだめなのか?」
「それもいい。それもいいが、そろそろワンランク上げたい」
「ワンランク?」
「貴様は、束縛も嫉妬もしてくれんからな。もう少しこう、互いを縛るものが欲しい。そうすれば他への牽制にもなるし、今日みたいなこともなくなる」
「何なんだよ、それは」
龍水にしては珍しいものの言い方だった。よほど言いにくいことなのだろうか。
相手の欲しいものがぴんと来ず、千空はわずかに眉をしかめた。いつも以心伝心だと思っていたのに、少々自分が情けなくなる。
そんな心情が伝わったのか、龍水が苦笑した。譲歩する時の表情だ。
「知っているか、千空。新日本国憲法では、婚姻の項から『両性の』の三文字が省かれていることを」
「!」
あ゛ー、そーくるか。そうくんのか。という感想が、大写しになって頭上に浮かんだ。
次に百夜の顔、それから大樹の顔、杠の顔と次々浮かび上がる。
結婚。
それは龍水と出逢う前も、付き合ってからも、一度も想像しなかった未来だ。
「そういう時代の流れだ! 男同士でも、何の気兼ねもいらん。今の時代、出生率が悪いわけでもない。誰に責められることもない。――千空、何か問題があるだろうか」
真剣な面持ちでこちらを見つめてくる男を、非常にすきだと思う。この男の、真摯な態度を千空はきらいではない。ずっと、好ましく思っている。
初めて告白された時のことを思い出した。
その記憶は千空にとって、実は科学王国の旗と同じくらい大切なものだ。
そう考えると――相手の提案は突飛なものではなく、ごく当たり前のようにも思える。自然な流れに思える。
だが石神千空は、誰の影響なのか、昭和の価値観を少し気にするところがあった。
「俺はまあ、天涯孤独だし、誰も気にするやついねえけど――テメーはそれこそ、財閥だの一族だの何だの、色々あるんじゃねえの? 大丈夫なのか?」
「何の問題もない。才とフランソワにはもう報告済みだ」
「テメーなあ……」
告白前に根回しされたのと同じようなことをされていることが解り、呆れかえる。
「子どもは? 欲しくねーのか?」
「俺が血縁にこだわると思うか? 石神親子の絆を目の前で何度も見ているのに。そうして俺自身は、血縁に縛られて生きてきたというのに」
ああ、そうだった、と思い出す。「人類が増えるべきかは神しか知らん」というのが、この男の考えなのだ。
だがその一方で、既に生まれてきた人間たち全員を愛し、その涙を見たくないと願っている。
「子どものことは――前に話したことがあるだろう。親の見つかっていない子どもの復活者を集めた施設や、施設の数が追いつかず、まだ復活させられていない子どもたちの石像のことを」
そういう子どもたちをできるだけ財閥で引き取り、育てたい、とこの男は言ったのだ。
その時、恋人の顔に、父の顔が重なり――泣き出しそうになったことを覚えている。
心底、龍水と付き合ってよかった、と思った。
そして――今も思い続けている。
「テメーは、」
シーツの拘束から抜け出し、分厚い胸に顔を寄せ、ぽすりと埋める。そのまま言葉を失った千空をそっと抱き寄せ、龍水は甘い声で「ん?」と聞き返した。
「どこまで、馬鹿みてーにいいやつなんだよ……」
声が潤んでしまうのをどうしても止められない。それが解っているのに、千空は声に出さずにはいられなかった。
自分が今、胸いっぱいであることを伝えたかった。
瞬間、痛いくらいにぎゅっと抱きしめられ、伝わったのだと解る。
「はっはー! 惚れ直したか? 貴様は世界の認識では、新世界の創始者であり、救世主だからな! そんな人間と釣り合うには、俺だって日々成長と研鑽が必要だ。俺は貴様の隣にいる価値を作り続ける。永遠にな!」
晴れ晴れした声でそんなことを言うこの男を、自分の顔を覗き込む、太陽の輝くような、八重歯の覗く笑顔を、ひどくすきだと思う。
自分が自分でいられて、相手もまた相手でいられて、相乗効果があって、それが互いに心地よくて――自分たちは、何と幸福な組み合わせなのかと思った。世界一幸運なカップルだ。
そんな非合理的なことを、まだ快楽の余韻の残る恋愛脳は、つい考えてしまう。
だが千空は、そんな自分も案外悪くないと思った。トラブルの種になるならごめんだが、凄い相乗効果があるなら、恋愛は決して悪いものではない。今となってはそう思う。
「一週間後に挙式を執り行う。それが俺への誕生日プレゼントになる。――俺と結婚してくれるな? 千空」
先ほどよりリラックスした表情で、龍水が言った。
自信に満ちたプロポーズの言葉に、千空は耳に指を入れながら「あ゛ぁ」と頷いてやる。
目の前の光そのもののような笑顔が眩しくて、いとおしくて、ばかみたいにしあわせだと思った。
だから相手の首に腕をまわし――相手の口唇に自分のそれを重ねると、笑ってこう言った。
「末永くよろしく頼むわ、伴侶様」
了
2022.11.12pixivへ投稿
なち様、コメント有難うございます✨嬉しいですー!!🙏
尊いです。ありがとうございます。