司千

沈黙のカタストロフィ

2646文字。
16巻159頁最後のコマの司千が初見から気になりすぎて。足の内側に置いた足…
「CAN YOU CELEBRATE?」の直前の話。



 「目は口ほどに物を言う」というが、千空の場合、その手足から伝わる感情は、言葉よりよほど雄弁だと思っている。
 氷月と対峙した彼の手の震えに気づいた時、名状しがたい感情が湧き起こった。
 かつて俺が頚神経を砕いて殺めた時、彼は最期まで震えたりしなかった。ただその直前、杠への攻撃を示唆した時にはあきらかな動揺があった。大量に発汗し、腕は震えていた。なら俺の傷をかばう手の震えも、自分が殺されることではなく、俺が死ぬことを恐れてのものだと推察できた。
 洞窟の中、「俺を信じて殺されろ」と言った時も、顔は冷静なのに手に汗をかいていた。彼自身あの時は不安だったのだろうと思う。だがそれを押し隠して「信じろ」と俺に言いきった。
 そのように、彼の言葉は額面どおりの意味でないことが多い。特に彼自身の情緒の絡んだことについては、裏の意味を考えた方がいいというのが俺の意見だ。
 思えば彼は真っ向から褒めるのも感謝されるのも嫌がった。対人関係におけるプラスの感情を、直接的な言葉にしたりされるのが苦手らしい。要するにシャイなのだと今では理解している。
 だから南とのやりとりの後、足の内側にそっと置かれた一回り小さな足に気づいた時、思わず笑みがこぼれた。千空の顔がまぶしくて見られなかった俺をなじるように、彼の方からアクションを起こしてくれたのだ。
 それははた目からは分かりにくい、だが俺からすればとても分かりやすい親愛の表現だった。
 足の外側なら分かる。だがふつう、人の足の内側に足を置くだろうか? そうするためにはよほど相手と距離をつめないと不可能だ。事実ほんの一瞬ではあったが、俺たちはほとんどぶつかりそうになった。千空はするりと真正面から左隣へと移動すると、曲げた左肘を俺に押しつけてきた。わずかな接触ではあったが、その腕から伝わるかすかな震えから、彼の万感の想いが伝わってきた。
 それはもしかしたら、彼にとっては抱擁も同然の行為だったのかもしれない。
 千空の安堵と喜び、俺の感謝と感動が、互いの肌を通じて確かに交感するのが分かった。沈黙を埋めるための言葉はいらないと思えた。百億の言葉を尽くしても、この想いを表現できるものではないだろう。
 それでもいつまでもそうしているわけにも、相手が最小限の接触にとどめているのに衆人環視の中で抱きしめるわけにもいかず、俺は言葉を発した。
 初めて出逢った時に発したのと同じ言葉を。

「……現況は?」

 出逢いの時と同じく、彼は簡潔な答えを返した。

「月に攻め込む」

 簡潔すぎて、一瞬何を言われたのかよく分からなかった。内容を理解した後も、この石世界から考えると壮大すぎるスケールの話に、思わずむせ返りそうになった。
 何とか落ち着きを取り直し、自分が復活させられたこの現状とその話を結びつけるため、頭をめぐらす。

「うん……月へ行ける人数はわずかだ。単体で強い戦士が必要、俺を復活させたのは偏にその為だね」

 千空を見習い、重すぎる感謝のきもちを伏せて、彼の負担にならない、気に入りそうな表現を選ぶ。意図を察したのか千空はクククと満足げに笑った。

「……そうだ、百億パーセントな。分かってんじゃねえか。んでなきゃテメーの顔なんざ見飽きすぎて見たくもねえわ」

 不自然な二度の肯定。つき放すものの言い方。それとは裏腹なやさしい声と口調。
 千空の言葉は額面どおりの意味を持たない。
 俺はそのことをよく知っている。だが、「見飽きすぎて」という言葉には奇妙な真実味があった。
 俺が彼と実際に顔を合わせた日数は多くない。三週間に満たないくらいだ。それなのに「見飽きる」という言葉を偽悪的表現として使うのは不自然だった。
 ならば考えられるのは、本当に見飽きるほど俺の顔を見ていたということだ。
 彼はおそらく、幾度となくこの場所まで足を運び、凍った俺や冷凍庫の様子を確認してくれていたのだろう。俺が腐ったり、凍傷になったりしないように。冷凍庫が壊れることのないように。
 あらためて感謝と感動が込み上げ胸が熱くなる。かつて、これほどまでに俺を守り慈しんでくれた存在があっただろうか。
 俺の中で千空の存在がどんどんどんどん膨れ上がる。神聖なものになっていく。
 この先、彼は自分の弱点になるだろう。彼という光なしではいられなくなるだろう。それは明白な未来だった。
 殺し殺され、そして救われるようなこんな濃密な関わり方をして、もう切り離せるものではない。彼という存在は俺の中に食い込んで血肉となり、圧倒的な力を持って生きるためのエネルギーへと変換されてゆく。今、この瞬間にもだ。
 その感覚は嫌ではなかった。むしろ快かった。生きている手ごたえを感じていると、突然場違いな甲高い声がひびきわたった。

「千空、僕分かっちゃったよぅう? ホントはアレでしょ、冷凍が腐る前にって司のために急いで戻ってあげたんでしょぉ~!? そうゆうベタベタしたの二人とも好きくないからってぇえ!」

 たしか兄弟戦士の片割れである少年が、千空の肩を押しつつ彼の言葉をご丁寧に翻訳してくれた。
 周囲が引いているのが分かる。無粋だと思っているのだろう。だが俺にとっては答え合わせのようなものだ。この地にいる時は足繫く通い、石化の謎を解いた後は急いで帰ってくれたのだろう。
 千空は背を向けたまま何も答えなかった。
 その時、俺の胸に不思議な感情が湧いた。今の彼の表情を見たいと思い、また同時に、自分以外の誰にも見られたくないと願ったのだ。
 共闘前、川に落ちる寸前の顔。共闘後、横目で俺をうかがう顔。「俺を信じて殺されろ」と言った時の顔。
 口ほどにものを言うのは、彼の手足だけではない。目が、表情が、何より雄弁にその心情を語ってくれることもある。
 俺に対する感情が表れている時の顔は、俺だけのものだと思った。俺だけに見せてほしいと願った。
 そして、俺にだけ見せる表情を、もっと引き出したいと。
 それがどこからくる願いなのか、まだ解らない。生まれたばかりの感情に戸惑いながら、俺は千空と早く二人で話をしたいと思った。
 他愛ない話や、そうでない話を。今までのことや、これからのことを。友人として、そしてそれ以上の存在になれるように。
 いや、話すらしなくてもいい。ただ、二人で在りたかった。もはや血肉にも等しい、このかけがえのない存在と。
 ただ、二人で。

2021年08月01日 twitterへ投稿 司千1weekドロライ 第21回お題【感謝の気持ち】

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