司千

ビター・スウィート


2110文字。
司千拍手お礼第二弾。拍手ありがとうございます!
17巻ペルセウス船上、ポーカー後。
最強のお願いごと。



「千空。頼みがあるんだ」

 いい声で歌うように言われて、千空はぴくりと眉を上げた。
 この男がそんなことを言ってくるのは珍しい。
 普段何も欲しがらない恋人が衆人環視の中で言ってくる頼みごとだ。変なものであろうはずがない。

「いいぜ、何でも言ってみやがれ」

 えらく簡単に、上機嫌に千空は請け負った。本当に、何でもかなえてやるつもりだった。
 むしろ何を頼んでくるのかワクワクするような思いで、背の高い最強の男を見上げる。
 ――刀か? 槍か? もしかしたら松風の分か?
 司は先ほどまで、松風の話を真剣に聞いていた。かれに関することなのは容易に推測できた。
 恋人が松風を弟子のように思っていたとして、それに協力することはまったくやぶさかではない。
 松風はうざいくらいいい奴だし、銀狼のことを大切に思っている。護りたいものがある人間に協力的な恋人のすがたは頼もしいし誇らしい。かれに稽古をつけてやる気だろうか。場所を貸してくれとか、そんな話だろうか。
 潮風に長い髪をなびかせ、司はこんな風に言ってきた。

「武稽古というか、バトルチームのトレーニングが必要だと思うんだ。四十日の航海で、からだが鈍ってしまうのはよくない」
「あ゙ぁ、バトルチームのことはテメーに任せる。すきにしてくれていいぜ」

 それだけか? と拍子抜けするような思いで言って見返すと、司は瞳に、わずかにためらいの色を浮かべた。

「ありがとう。――それで、」

 いったんそこで言葉を切り、やがて決心したような顔でこちらを見つめてくる。
 千空は自然と身構えた。

「そのために、氷月を起こしたい。ダメかな?」
「あ゙???」

 予想外の要求に、一瞬脳が混乱する。周囲もどうやら混乱している。
 ――そうくるか。
 出航前、ペルセウスを案内している時、石化した氷月を見つけた司の顔を思い出した。
 あいかわらず読めない表情だったが、なぜ石化しているのか知りたがるので、宝島でのことをあらかた話した。その時、感心したように「へえ」と言ったことを覚えている。
 強くなりたい松風の武稽古。バトルチームのトレーニング。体系的な武術を学び、教えてきただろう氷月。
 そうか、そうくるか。

「テメーもまあ、気にしない男だよな」

 額を押さえながら千空は言う。
 否も応もない。先ほど、何でもかなえてやるというニュアンスのことを言ったばかりだ。
 男に二言はない。男のプライドにかけて、「ダメだ」なんて言えない。
 それに――ものすごく「嫌」なわけではない。
 ただ、司がそう言ってくることに抵抗があるのは事実だ。
 千空にとっては、氷月はかつて恋人を殺そうとした人間であり、厄災も同然だ。宝島で氷月の石化を解除した時は、その顔を見ることもできなかった。

「気にしないことはないけど――結局俺は君のおかげで生きてるし、かれは宝島で君たちに貢献したようだし。何より、うん、君の広い心を見習いたいんだ」

 とてもいい声で、とても顔のいい恋人は、どこか嬉しそうに言った。
 そんなことを、嬉しそうに言われましても。

「そりゃ何か、だいぶ違うと思うぞテメー」

 頭を抱えるような思いで言う。
 自分と司に置き換えられてはかなわない。
 同列にしてほしくない――珍しく狭い心持ちになったところで、千空はふと気づいた。
 自分と司が過ごした時間よりも、司が氷月と過ごした時間は長いのだ。
 たとえ殺されかけても、自分が起こし、自分の片腕として半年間働いていた男に、複雑な愛着を持っていたとしても、まあおかしくはない。
 司は、叛かれるのは叛かれる方が悪いと考える男だろう。
 そして自分たちの場合とは、その時点でかなり話が違う。

「まあいいぜ、テメーが要るっつうんだ。起こそうじゃねーか」

 腹をくくって千空はそう宣言した。周囲がぎょっと目をむいたのが解る。
 別に自分が氷月に複雑なものを抱えたままでもいい。欲しがらないこの男が欲しがるものを与えてやりたい。
 それが男の度量だ、と思う。
 司はほっとしたように顔をほころばせた。花ひらくような笑顔に、ああ、自分はこれが見たかったのだ、と気づく。

「ありがとう、千空。うん、やっぱり君は心が広い。尊敬するよ」

 いや、実はさっき一瞬狭かったけど。
 耳をいじりながら、千空はさりげなく視線を逸らした。
 礼を言われるのが幾分心苦しい。
 千空の内心を知ってか知らずか、司は今度は、違う言い方で氷月を起こしたい理由を説明した。

「松風はさっき、苦い顔で『護りきれなかった』と言った。俺は――絶対にそんな思いをしたくない。氷月を説得し、君と、君の科学を護るバトルチームを作り上げるよ」

 強い決意を宿した瞳と声に、ああ、と合点がいく。
 やっぱりコイツは最強のナイトで、最高の恋人だ。
 個人的な怨恨よりも、執着よりも、常に自分が現状でなすべきことを見極め、動ける男だった。
 かれが千空のマイナスになることを、しようはずがなかった。

                                          了

2021年12月31日お礼更新

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