手を繋ぐ
1956文字。
司千拍手お礼第四弾。千空誕生記念。拍手ありがとうございます!
宝島帰還直後。付き合いはじめた二人。
お題「百夜・手・当社比10倍甘い」で、甘さがまだ足りないのは、多分付き合って間もないから…
自分よりもひと周り小さな手のことを、よく考える。
川に落ちる自分を掴んできた手、傷口を押さえ、ふるえていた手。共闘の後、拳に当ててきた手。
そして、肺の傷を手術してくれた手。
何度も何度も、その手に救われてきた。その手は本当は、七十億人を救うための手。文明を、蘇らせる手。それなのに、その手は何度も自分に差し伸べられ、この心を、命を救い続けてきた。
稀有な人間だと思う。世界にとっても、自分にとっても、奇跡のような存在だとも。
ぜったいに、その手を離したくない。掴まえていたい。そばにいたい。触れていたい。
――だから。
「手を、繋ぎたいな」
恋人同士になって初めて、ささやかな身体的接触を希望すると、千空は一瞬目を剥き、顎が外れたような表情をした。
「ケッ、おママゴトかよ」
そう毒づき、顔を背けながらも差し出してきた手を、そっと握る。船着き場から本拠地までのわずかな道を、手をつないで歩く。
かさついた、というよりは、荒れてひび割れた指先。まぎれもなく男の、それもよく働く男の左手。鍛えられてはいない、誰かを殴る訓練もされていない、だが明らかに長い年月、途方もない作業によって皮膚が硬くなり、すり減ったそれ。
自分もまた、この手をすり減らした原因の一つなのかと思うと、胸のつまるような思いがした。
そして。
未来の手を握るように、自然な接触などできない。自分のてのひらが汗ばんでいるのが解る。どんな手だろうと、すきな相手の手だ。それを握って歩いているのだと思うと、試合や戦闘の最中よりはるかに緊張した。
ふと、千空は誰かとこんな風に手を繋いで歩いたことがあるのだろうか、と考える。
「大樹とこうやって手を繋いだことはある?」
「最初に会ったの十歳だぞ。ないわ」
「かれなら繋いできそうなのに」
「繋がれそうになったら振り払ってたな」
その様子は容易に想像できた。司は静かに笑いながら、さりげなく、聞きたかったことをたずねてみる。
「他には? もっと大きくなってから、こうやって、誰かと、」
そう言って、一瞬手を離し、今度は指同士を絡ませた。俗に言う、「恋人つなぎ」というやつだ。
「テメー、解りやすいな。ないわ」
千空が、ニッと笑ってこちらを面白そうに見上げてきた。たまらなく魅力的な笑顔だった。
「解りやすいって」
「お可愛らしいわ。あ゛ぁ、でも、スイカの手を引いたことはあったか?」
「いや、うん、それはカウントしなくていいよ」
空いた手で口を押さえながら、「お可愛らしい」と言われたことを反芻する。恐らく、意図は見抜かれている。
「誰かと手を繋いで帰るのを思い出すってなら、父親だな」
「ああ」
突然しみじみと言われ、司は頷いた。
百夜という千空の養父のことを、司はまだあまり知らない。負傷していた時期、看病してくれた千空や科学王国の人間から聞いたことが少しと、先日復活してから聞いたことが少し。それだけでも、千空がいかにその人物に愛されて育まれてきたのかよく解った。
「成長して、家族じゃねえ相手とこうすんのも、まあ悪くねえな」
おだやかにそう言って、千空はさりげなく司の指を外させ、「恋人つなぎ」から、ごく普通の繋ぎ方に変えてきた。
落ち着かないのかもしれない。あるいは、幼い日の感覚を、取り戻そうとしているのかもしれない。そう思って、司はすきにさせることにした。
「俺も、妹じゃない、好きな人の手を引くようになれて――悪くないと思ってるよ」
この状況にも、こんなことができるようになった自分のことも、悪くないと思う。自分も、他人とこんなに安らぐ時間を持つことができるのだという、しみじみとした感慨があった。
そうして、先ほどの千空も、同じことを考えたのかもしれない、とふと思いいたる。
家族の手を離した後、繋がっていくもの。
この先もずっと、繋がっていきたいと思うもの。
それはもしかしたら――新たな家族というものに、もっとも近いのかもしれない。
「手を繋ぐ」という行為は、もしかしたら、恋人同士の身体的接触の中でも、一番家族らしい、そして、家族を想起しやすい行為なのかもしれなかった。
「ずっと、君とこうやって手を繋いでいけたら、と思うよ」
今はまだ、そんな言葉しかかけられない自分だけれど。
いつかは、「ほーん?」と首を傾げる恋人に、世界を救う手を持つ相手に、違う言葉で、家族になりたいという思いを伝えられたら、と願った。
了
2023年1月4日脱稿