再会の夜に(龍千)
「テメー、ちっとは躊躇しろよ」
宴が終わり、二人きりの操舵室。
苦々しい口調で言うと、相手は何のことだと聞き返すこともなく、あっけらかんと「何故だ?」と返してきた。
あんな風に躊躇なく身を投げ出す男だとは、思ってもみなかった。スイカから、咄嗟に蹴飛ばされ石化から庇われたと聞いていたにも関わらず、だ。
確信に満ちたあの信頼が、今になってひどく恐ろしく感じられる。
この男はおそらくまた同じことをするだろう。自分を信じ、当然のように身を投げ出していく。何度でもだ。
そう考えると背中が粟立つ。叫びそうになる。
自分とこの男の間には、情緒などという水っぽいものは、一ミリもないはずなのに。
「テメーはもっと、違うだろ。そんな自己犠牲から一番遠い男のはずだろ」
ひび割れた声が出る。ひどい顔をしているのが自分でも解った。
「フゥン? だが、貴様にとって都合のいい展開になっただろう」
そして、そういう人間が好みだろう、知っている、と。言外に言われた。
「俺は貴様が望んだ男だ。そして常に学習していく。進化し続ける。これまでも、これからもだ」
「あ゙ー、」
前髪をぐしゃりと掴んで頭を抱える。言葉もなかった。
そう、復活直後は金の話で見えなくなっていたが、龍水は千空が心から欲しがった男だ。自分が欲しくてよみがえらせた。
何度石化しても、自分がかれを望まないことなど永遠にないだろう。何回でも、何十回でもよみがえらせるだろう。
だからこそ、石化復活時の周辺修復力に頼りきった割りきり方が恐ろしかった。
――もしも、石化前に命を落としてしまったら。
石化がかなわなかったら。
電池切れ寸前のメデューサと、最後の一回分を使うことになるだろう男の顔と、龍水の顔が胸の中で交錯した。
復活液はいい、何度もその再現性を試した。石化さえすれば解除できると確信している。
だが、メデューサの力を妄信することは、まだ自分にはできない。
「案ずるな、俺はそう簡単には死なん」
思考を読み取ったかのように、前を見たまま龍水が不敵に笑う。
「だが――貴様にそんな顔をさせていることが誇らしいな」
「テメーは厭な奴だよ」
がりがりと頭を掻きながら明後日の方を向く。どんな顔だとは言わない。大体、俯いていたのだから見えたはずはない。
――いつからだろう。
いつの間に、こんなにも、この男の存在が自分の胸の中に食い込んでいる。
金で動くなら面倒臭いことにならなくて簡単だと思っていた頃が嘘のようだった。
龍水は面倒臭くはない。潔い。だからこそ、そら恐ろしい。
そして、面倒臭いのは明らかに自分の方だった。
その決断力と行動力を大いにあてにしているくせに、「少しは躊躇しろ」などという矛盾したことを言う。非合理的なことこの上ない。
「千空、俺は貴様が一番行きたいところに連れていってやれる。一番欲しいものをやれる。それを忘れるな」
相手は何と思っているだろう、そんなことを考えるそばから、再び思考を読んだように言う。
「俺を信じろ。何度でも、欲しがってくれ」
その声の切実なひびきと、命令形ではない語尾に胸が痛む。
言葉ではまだ何も言えない。せいぜいが「躊躇しろ」だ。そんな、自分でも。
この男もまた自分を欲しがっているのだと解って――同意の証のように目を閉じていく。
ハイタッチもアイコンタクトも無用な自分たちだった。言葉など、必要なはずがなかった。
瞼が下りきる寸前、間近に迫る相手の顔が見える。頬と首筋に、熱い指が触れる感触。
――ただ、共にありさえすればそれでいい。
鼻先に吐息がかかるのと、腕が上がり相手の首に巻きついたのは、ほぼ同時だった。
了
20211107脱稿